こちらと隣人の土地とを遮る壁は
固く練り固められているとはいえ泥づくりで
そのためか
上には
雑草が根を下ろして生えている
繁っているというほどではないが
いろいろな草が生えていて
なかには
ずいぶん穂を伸ばしているものもある
そのうちの一株が
わたしの気に入っている
どこか古い妖精物語に出てくるような
濃い緑のやや肉厚の葉を持ち
茎は細いようだが逞しく
容易には折れたりしない様子をしていて
そうだ、ボッティチェッリの絵のどこかに出てきたような
理想的ななにかのほうへ心を惹くような
古雅で繊細で同時に清い官能性もあるような
他とは異なった草だった
名を知らないので
プリエラとか
プリエルラとか
勝手に名づけたりして
壁の上を吹くそよ風に揺れるさまを
楽しみながら
よく眺めてみている
この草の茎を指に摘まませて
隣人の土地は
海に面した崖まで広がっていて
石造りの家はあるものの
ほとんど人の姿を見ることのない草原の趣を
呈している
実際
隣人はあまりこの土地には来ないらしく
遠い町にふだんは住んでいて
そこで病人を介護しているらしい
壁を勝手に乗り越えて
海のほうへ歩いて行ってみても
見とがめられることはないだろうし
温和で愛想のよい隣人がいる時であっても
挨拶をしてくれるだけのことだろう
しかし
壁の上のそよ風に
プリエラとか
プリエルラとか
勝手にわたしが名づけた草が吹かれるさまを
見ているだけで
海はたしかに感じられ
わざわざ
壁を越えて海を見に行くまでもない
と思う
ちょっと離れたところまで行けば
海へ抜ける公道があり
めったに行かないとはいえ
ときどき
その公道へ歩いて行くのもたいそう趣があり
海の風景への期待は
その時のために溜め続けておくのも
なにか
大事なことのように思う