叔母のひとりから勧められて
学生時代の夏
蓼科高原にアルバイトに行った
ペンションでの住み込みの仕事で
20日ほどの期間
天下の蓼科高原
風景も気候ももちろんよかったが
宛がわれた寝床は屋根裏部屋で
窓も空気穴もない暑い空間
寝床用に一枚だけ敷かれたマット
そのまわりには山をなすほどの
たくさんの羽虫や蛾などの死骸
どの虫もこの部屋に入って来ては
あまりに暑くて死んでしまうのだ
仕事は食事作りから掃除から
薪割りからドライフラワー作りまで
夜のディナーが終わると
女性の多いお客さんの話相手になって
カクテルなんかを飲みながら
ようするにホストをしろということ
そうした仕事が嫌だったわけでもない
夏のペンションっていうのは
こんなものなわけかと思いながら
どれも嫌とは思わずにやり続けた
しかし酷いところもいっぱいで
たとえばコーヒーなんぞは毎朝
いっぱい作ってしまって
大きな金樽に入れて流しの下に
置いておき注文が入ると
一杯分ずつ温めてカップに入れる
樽はゴミのわきにあるから
あまり清潔とはいえないが
マスターはまったく意に介さない
ランチやディナーではよく
お客さんがパセリを残すけれど
始めの頃それらを捨てていたら
マスターにひどく怒られた
なんでパセリ捨てちゃうの?
齧っていないんだから
他のお客さんに出せるでしょ?
じつを言えば手をつけていない
サラダの一部やトマトなんかも
同じように使いまわし
これはひどいことやってるなァ
とは思うものの郷に入りては
なんとやらでこの店では
マスターが掟だから従う他ない
はじめは屈託ない顔をしていたものの
だんだん許し難いことを見続け
どことなく暗い顔に
なっていった可能性はあった
ヒモトマサアキという名なので
マーちゃんと略して呼ばれ
マーちゃんこっちの席に来て…
マーちゃんゴミ捨てて来て…
ハイハイとけっこう小まめに動いたが
哲学だの思想だのに興味の行ってる
眉間にしわ寄せ系の最たる若者だったので
やはり場所には合わないところもあったろう
それにあわせて毎日のごとく
パセリやトマトの使いまわしや
たまには虫も浮いているコーヒーの
あの流しの下の樽を見続けてきて
素直にハイハイとは出なくなりつつあって
マスターはある日ついに、マーちゃんね
一週間やってもらったけれど
どうも合わないところがあるみたいだよね
今日までということで
明日帰ってもらっていいから
いままでありがとうね
と解雇通告を出してくれたのだった
喜び勇んで翌日
午前中のバスで立ち去ったが
途中下車して滝を見に下ったり
湖に出て夕方までポカンとしたり
たった一日だったがけっこうたっぷり
蓼科高原のリゾートを味わった
同僚だった料理人が作ってくれた
弁当サンドイッチは旨かったし
(ケイオウ出身なんだと言っていた
(あの気のいい料理人さん
(いまも元気かな?
(ケイオウはケイオウでも
(京王料理学校だって言っていた
同僚のバイトの大阪河内の若者が
夜になるとよく言っていた話
ガールフレンドと煙草を吸いながら
キスをして煙を互いの胸に出し入れする
そうすると脳が痺れてきていい気持ち…
あんなことをその後も続けたんだか…
そんな話も思い出しながら
その頃ガールフレンドだった
10幾つも年上の30近い美女に
湖畔の売店から絵葉書を出して
あなたのことばかり思って
高原での労働をなんとか耐えました
とかなんとか大げさに書いて
赤いポストにポカンと投函
…つい数年前のこと
このバイトを勧めた叔母と話したおり
このバイトの話になって
どうやらぼくがどうしようもない
ダメなバイトさんだった
ということになっていたらしいのを知った
ぼくははじめてこの叔母に
ここに書いたような話を語り
数十年もしてようやくぼくの側からの
証言が叔母の耳に届いたというわけ
べつになんと語られていようが
公式でもない小さな関わりの中での話で
どうでもいいようなものなのだが
何年も何十年もして
真実はだんだんと暴露されてくるもので
あのペンション
蓼科高原の「プレイバック part 2」というのだったナ
あそこのマスターがやっていたやり口
まずいコーヒーの大量作り置きや
パセリやトマトの使いまわしや
バイトの寝床のひどい環境なんかを
ここにはっきり書いておいて
真実の暴露の一部としておかなきゃナ
捏造された話
一部の者たちからでっち上げられた話
定説のように固められ
流布した話には
どれだけ時が経ってもまた別の話をぶつけることで
えんえんと戦い続ける
どんな個人的な小さなことであれ
どんな些細なことであれ
言葉はこういうためのもの
忘れた頃に後からすべてをひっくり返すためのもの
聖書だってあらゆる神話だって戦記だって
歴史だって古事記だって
みんな後世の書く気力を持ち続ける者が
すべてをひっくり返して報復を遂げるためのもの
まだまだ書き晒すものがいっぱいだ
文字は報復のためにあり
恨
という言葉で
このように記し続ける行為を
むかし
韓国の詩人
金芝河さんは呼んだものだったナ
もっとスケールの大きな
国家的事件を扱いながらではあるけれども
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