まだ幼稚園にも上がらない頃
あれは仙台だったか
新潟だったか
両親は車で海沿いの岸壁に向かい
そこで車を止めた
ぼくは後部座席に乗っていて
周囲をきょろきょろ見まわしながら
海を見に来たのに
降りないのかな
どこか下へ行く道を通って
海近くまで進んでいかないのかな
そんなことを考えていた
「ここから皆で落ちちゃえば楽になるわ…
と母が言った
そうしてぼくのほうを向いて
「ね、そうする?
と聞くので
「いやだ
とぼくは言い
心の中で
もし本当に車を進めたら
ぼくはこのドアを開けて飛び降り
ひとりだけでも逃げるんだ
と決意した
まだ五歳にもならない頃の話だが
子供時代が続いていく間
ぼくはたびたび
この決意を反芻した
この親たちはぼくを殺すかもしれない
いざという時
ぼくはひとりで飛び出すんだ
ぼくは死なない
ぼくひとりだけは生き続ける
子供時代が続いていく間
ぼくはたびたび
この決意を反芻し続けた
五歳にもならないというのに
ぼくの心だけは
はやくも
親離れを遂げてしまっていた
0 件のコメント:
コメントを投稿