学校では道理をあんなに教え込まれ
世間のどこへ行っても道理の通るよう
振舞い働き人づきあいをしろと言われ
そう努めて苦労もしてきたというのに
力の集まるところではまったく逆に
道理の通らないやり口が次から次から
それを見て怒り声を上げる人も多いが
たゞガス抜きをされるだけのように
ひとしきり騒ぎになってすべて終わる
自分ひとりのことなら根っこから
深く全面的に直しもするけれども
大人数での世の中のこととなると
そんなふうにはどうにも進まない
そういうのをとやかくあげつらって
世の中は学校の小理屈では動かない
なんでも利益と裏取引とツテとで
物事は動いていくだけのことさと
道理を求める人たちを世間知らずと
小馬鹿にする世間通も出る始末
たしかに人間の動き方は学校風の
窮屈な理想主義の道理では済まない
とはいえ原発被害を見捨てるとか
憲法を平然と無視し政府が動くとか
そんな道理破りまでを平気で認める
世間通というのはどういうことか
世の中ってのは道理や理屈じゃあ
ないんだよと本気でいうのなら
もはや誰の理屈も道理も通らない
じゃあ言わせてもらうがもともと
税金を取り立てられる義理もないし
既成の社会構造を尊重する必要も
そもそもどこにもありはしない
言語活動を停滞させるこの国の
敬語体系だって維持する必要はない
壊すんなら本気で全部壊したるぜ
官僚や役人は国家サービス員だから
名誉と奉仕を体現した象徴として
もちろん無給で働かねばならぬ
民主主義国家である以上もちろん
国民の投票によらぬ上位者など
いてはならないし廃止せねばならぬ
憲法の一部が勝手に無視されるなら
他の全部もいかようにも無視される
そもそも憲法制定後に生まれた人間は
憲法の是非に参画していないのだから
いかなる順守義務も存在し得ない
憲法だけでなくあらゆる法体系が
じつは後から来る者たちによって
本来的に否定され拒否され得る
自分が制作したのでもない法を
否応もなく受け入れさせられるのは
たとえ同国人という幻想の中であれ
一部が権力により他者を支配すること
こういう原理的思考によってじつは
あらゆる法は無法であり無効なのは
デリダが彼のニーチェ論の中で
とうの昔に展開した通りなのだが
もう誰もあれを読みもしないで
偉そうに憲法論議をしているのか
人権宣言以来のあらゆる法の無効を
デリダはねちねちと論証したが
彼に言われるまでもなく法はすべて
作った人とそれ以外の人との異様な
理論上の同一視によってのみ成り立つ
ここまで掘り下った徹底した見直しを
そろそろこの国ではやらかすべき時か
本当に蓋を開けていいというのか
本当にそれがお望みだというのか
なんでもかでも曖昧にいい加減に
誤魔化して過ぎ去らせるやり方の
まるでギリシャのように島が集まった
理屈や論理をなにかと軽視し続ける
その場しのぎの極東島民たちよ
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