時間が過ぎていく
よくそう思う
そう思うようになった
もう若くないからね
だからなのか
ちょっと一息いれて
力をぬいて目をつぶる時など
過ぎていく
過ぎていくなぁ
そう思う
過ぎていくのか
ほんとに
そう思いなおす
毎日は渚の波のように
くりかえし寄せ
毎日がつらなっていくと
過ぎていっている
いつのまにか
時間は
―そういうことに
なっている
時間について
過ぎていくということについて
よぉく考えて
たしかめたく思う
この世に生まれ出て
これは価値ある作業のひとつだな
そう思う
哲学者たちの本には
けっこうあたってみた
よく整理して考えていて
感心するけれど
ほんとにそうかなぁと思う
そういう考え方もできる
できるだろうけど
でもね
という域を出ない
哲学って
そんな程度でいいわけなのか
あれでわかったということなのか
そうなっちゃうわけか
いや
過ぎていくものなどないのだ
時間など
そもそもない
と
考えていくのも
断言してしまうのもありだ
―とは知っている
そう思おうとしてみた時期もあった
でも
どうだかね
草木や子どもが成長したり
まわりの人びとが衰えていったり
読まなくても
新たな日付が重なっていく新聞
つまんでいたティッシュを
風の中で放せば
むこうまで飛んでいくし
親しいと思っていた人からの
便りは減っていくし
過ぎていくものなどない
とは
言おうとは
しなくなっていった
そうして
まるで
子どもの頃のように
時間とはなにか
正面から問い直しているのだ
やらなければならないことが目白押しで
ひとつのことをしながら
もう次の段取りを考えている毎日
ちょっと空いた暇に
ソファに身を投げ出して
目をつぶりながら
過ぎていくなぁ
過ぎていくなぁ
思いながら
そこから
その中から
過ぎていくものを
つかもうとしている
水流のなかで
水をつかんだこと
あるかい?
つかんだぞ、たしかに
そう思ったこと
あるかい?