2023年1月30日月曜日

今は氏真のぐたぐたの

 

 

HK

日曜日の

大河ドラマで

家康のことを

今年は

やっている

らしい

 

ははん

 

それなりの

抵抗

かも

しれん

 

アメリカは

今川

 

もう

とうに

義元の首は飛んで

今は

氏真の

ぐたぐたの

政権

 

信玄と家康とで

やがて

滅ぼす

 

日本は

家康かな?

 

信玄は

どこかな?

 

 



まだ暖房を入れたことがない

 

 

住まいの

建物の

掃除の

おばさんと

話す

 

[ぼく]

寒い

寒い

っていうけれど

それほどでもないですよね

昔は

うちの中の水道管まで

凍ったりした

もの

なのに

 

[おばさん]

北海道生まれなので

こんな程度では

寒いうちには

入らないです

 

まったく

そのとおりだ

ぼくも

思う

 

寒い

寒い

春前の

ふつうの

寒さ

 

そういえば

まだ

暖房を

入れたことが

ない

 

電気ヒーターは

何度か

点けてみた

 

でも

部屋全体の暖房は

まだ

入れたことが

ない

 

電気代節約とかで

意固地に

入れないわけでは

ない

部屋中の暖房をするほどの

ことは

ない

から

まだ

入れて

ない




どうしたの、日本国憲法の精神は?


 


湾岸戦争やイラク戦争を起こし

拡大させて利益を得たアングロサクソン+ユダヤどもの報道連中

すなわち

CNNをはじめとするアメリカの偏向報道局や

そもそもが悪の温床であるBBC

全力を傾けて歪んだ報道をまき散らし続けている上

それを一方的に流し続けるように統制されている日本の

CIA主導で穢れ切ったメインメディアが報じるウクライナ情勢は

わたしは

人間たるものの義務として

もちろん

まったく信じていない

 

長くなり過ぎるので

この点については

ここでも

この程度で止めておく

 

しかし

日本の対応で不思議過ぎるのは

これまで

なにかと言えば

平和憲法の最たるものとして

日本国憲法

日本国憲法

日本国憲法

と言い続けてきたというのに

政治家だの

評論家だの

知識人だの

ジャーナリストだのが

だれひとり

ウクライナ政府にむけて

日本国憲法の精神を語らず

武装解除させようとせず

戦争放棄をつよく求めないことだ

 

おかしいではないか

 

日本の政治的アイデンティティーは

日本国憲法以外にはない

なにかというと

戦争放棄

平和主義

を叫んだり呟いたり誇ったりしているくせに

ここぞという時になると

武装を無限に進めようとするウクライナの方針を是認し

どこまでも武装一直線のNATOやアメリカを強烈に非難せず

むしろ対ロシア武装化の一途こそ平和への道であるかのような

情けない優柔不断ぶりを示している

 

まともな政治家ならば

ウクライナに乗り込んでいって

日本国憲法をしっかり読ませて

これと同じ憲法をはやく作るようにしたらいい

はやく平和憲法国家を作り直せ

と喧伝してくるべきではないのか

どんな敵が攻めてこようと

完全に武装解除して

やられるままになっておけ

ガンジーの非暴力抵抗だ

暴力でやられてしまうような穢れた地上ならば

さっさと殺されて天上に渡ろうではないか

それが崇高なる日本国憲法精神であり

人類にはじめて降臨した憲法の至上の形体なのである

だからウクライナよ

わが日本国に続け!

そう熱弁をふるってくるべきではないか?

 

自国の憲法の精神を

これほど

ないがしろにしているようでは

アイデンティティーを失ったのと

もう

まるで

変わらない

 

いろいろなところが

もう

修復しようもなく崩れ落ちてきている日本だが

憲法の精神を支える気さえ失っては

どうにもならんよ

もう

もう

もう

 

ほんとに

もう

ペシャンコになるよ

 

 

 


2023年1月21日土曜日

なのよ

 


道徳めいた話や

真理っぽいことを語るのだけは

断じて

したくないのだが……

 

じぶんのまわりに見えるもの

あるもの

起こること

などなどは

ぜんぶ

じぶんの鏡だと

いつからか

身に染みるようにして

わかるようになった

 

じぶんの鏡

どころか

じぶん自身

さらには

それらこそが

じぶん

 

そのぐらいに

言っても

いいぐらいだと

わかるようになった

 

だから

 

廊下の隅にゴミが落ちていても

これ

じぶんだ

 

洗った小皿を

水切りカゴに入れたら

なぜか

シンクに落っこちて

なぜか

ふだんなら弾んで

割れたりしないのに

その時だけ

みごとに割れたりする時も

これ

じぶんだ

 

などと

思う

 

じぶんが

からだのなかにだけ

いる

ある

などと思うのは

かなり

観察力がよわいと思うよ

 

ジョン・レノンは

Beautiful Boyのなかで

 

Life is just what happens to you
While you’re busy making other plans

 

ほんと

きみの身に

偶然のように

ふりかかってくるあれこれが

人生
なにかべつのことで

きみが忙しくしている時なんかに

ふりかかってくる

予期せぬ

招かれざる

あれこれが

 

と歌った

(かなりすっげえ意訳

ていうか

翻案しちゃったけど…)

 

正しいね

ジョン・レノン

 

偶然のように

ふりかかってくるあれこれ

すべてを

じぶんとして

受け入れよ


なのよ

 

特に

なにかべつのことで

きみが忙しくしている時なんかに

ふりかかってくる

予期せぬ

招かれざる

あれこれを


なのよ

 

きみ

自身として


なのよ

 





そういう手柄のボッタクリ方は


 

「シオンの議定書」なる本の

第三の議定12

を見ていたら

こうある

 

われわれは非ユダヤ人の国家を

騒乱の競技場にした

もう少しすれば

暴動と破綻が

随所に起こるだろう

 

なにをおっしゃる

ウサギさん

 

騒乱だの

暴動と破綻だのは

ユダヤ人出現以前からの

人類のお家芸ですがナ

 

まるで

じぶんたちが

もたらしたかのような

そういう

手柄のボッタクリ方は

いただけませんなァ

 

 




クム・ガ・ヨワ

 

 

君が代は

千代に

八千代に

さざれ石の

巌となりて

苔のむすまで

 

ヘブライ語の耳で聞くと

 

クム・ガ・ヨワ (立ち上がり神をたたえよ)

チヨニ (シオンの民よ)

ヤ・チヨニ (神の選民)

ササレー・イシィノ (喜べ残された民よ、救われよ)

イワオト・ナリタ (神の印[預言]は成就した)

コルカノ・ムーシュマッテ (全地に語れ)

 

意味がとれるそうな

 

ヘブライ語

ぼくも

学んでみたが

途中で止まったまま

ずいぶん経って

忘れちゃった

 

だから

こう意味がとれるのか

どうか

わからない

古代ヘブライ語だろうしね

 

でも

イスラエルまで

ニッポンが

軍事侵攻していいって

根拠になるかな

これ?





居続ける

 

 

 

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も

 

塚本邦雄

 

べつに

ぼく

脱出したくないけどね

 

それに

この歌

脱出したいのは

皇帝ペンギンであり

皇帝ペンギン飼育係なわけ

 

皇帝ペンギンでもなければ

皇帝ペンギン飼育係でもない人のことは

無視されている

 

それにそれに

 

ある頃から

ぼく

「日本」クンも脱出したいんだろうな

読むようになった

 

日本脱出したし

言われると

「日本」を脱出したし

うっかり

解してしまう

 

でも

ある頃から

ぼく

「日本」も

主語として受けとめるようになった

 

日本が脱出したがっている

皇帝ペンギンも

皇帝ペンギン飼育係も

 

どこから?

 

それは

じつは書いてない

 

そう

解するように

なった

 

ぼくは

脱出しない

 

脱出

っていう

概念も

文字面も

音も

好きじゃないので

意識を

これには憑依させない

 

日本も

皇帝ペンギンも

皇帝ペンギン飼育係も

脱出してしまったところに

のんびり

だらだら

ぼく

居続ける

 





2023年1月19日木曜日

それでいいんだよ



 

人生は

無意味であり

無意義である

 

いまさら

言うまでもないこと

 

しかし

時々

こんなふうに言葉でしっかり書いて

忘れないように

刻印し直しておきたくなる

 

人生の

無意味

無意義は

すぐ

証明できる

 

もし

あなたの人生が有意味であり

有意義であるなら

あなたは

人びとによって注視され続けているだろう

 

有意味

有意義

というのは

人間集団の中での

はかない

当座の価値づけ可能性によってのみ

成立する

 

そして

人間集団が関わってくる際には

つねに

数の論理が

ふかく介入してくる

 

いま

あなたが人びとによって

それも

多くの人びとによって

日々

一刻一刻

注視されていないならば

あなたの人生に

意味はない

意義はない

 

意味

意義は

そういう性質のものであり

それだけのもの

でもある

 

逆に

あなたのほうだって

一瞬一瞬

四六時中

他人の誰彼を

注視してはいないだろう

 

ある他人について

あなたが知るのは

知ろうとするのは

あなたにとって利益となるピンポイントの

ごく一部分だけであり

その他人の総体でなどない

 

よく

人を全的に理解しないといけない

総体を理解しないといけない

などと

画に描いたような

理想的な人づきあいの心得っぽいことを

平気で口にする

教師っぽがいたりする

 

そんなことは

実質的に不可能だし

誰も

他人に対して

そんなこと

やりはしない

時間がないのだ

気力体力が続かないのだ

 

他人についての理解は

いつも

どこまでも

部分的で

抽象的で

いい加減で

気まぐれで

全体像も

総体も

知ることなどできないし

絶対に

わからない

 

というわけで

 

人間

おたがいに

相手のことなど

全的になど見もしないし

とらえようともしないし

考えようともしない

どの個人対個人にあっても

絶対にこのようであって

例外は

地上にはない

 

ごく一部しか見ていないのに

その相手の人生の

意味も

意義も

あったものじゃない

 

だいたい

自分自身のことさえ

ごく一部しか

とらえられないのが

人間の意識の構造というもので

よく凝視し

突き詰めて考究してみたところで

記憶はすぐに靄のように散り

数日も経てば

あなたはあなた自身にとってさえ

ふたたび

よくわからない朦朧体となる

 

なにもかも

どうでもいい

ということが

歳を重ねるほど

よぉく

わかってくる

 

生き続けていたって

なにがどうわかるわけでもないし

なにかわかったつもりになっても

どうせすぐに忘れるのだし

どんなに詳しく文章や図像に書き残しておいても

長い時間が経てば

そこに書いた内容をすっかり忘れているし

そもそも

読み返すのも面倒になっている

「まあ

あの時はこれが大事だと思って

こんなに細かく書いたりしたんだろうねえ

ハハハ」

と言いながら

ソファに座って

半分眠いような頭になっているだけ

 

せめて

死なないように

注意しなくちゃ

頑張らなくちゃ

そんな

思いもだんだんと薄らいで

大津波が来るのも

逃げずに

ボーッと見つめていられるように

なるよ

 

きっと

なる

 

それで

いいんだよ