2023年4月28日金曜日

ぼうねこ

 

 

こないだ

上野駅の構内の書店を見ていたら

ぬいぐるみのコーナーに

へんなネコのぬいぐるみがあったのだ

 

ネコがあおむけになって

ゴロンと寝ているすがたのぬいぐるみで

いわゆる「かわいい」というのではなく

どこかオジサンっぽくて

ふてぶてしい感じもあって

ビミョーにしかめた顔をしてて

それでも無防備に寝ているすがた

 

「ぼうねこ」というらしいが

これはやられたな!

「かわいい」ぬいぐるみになんか

いまさらひっかからないよ

っていう人たちの

気持ちのエアーポケットに

ヒョコッ

スパッ

と入り込んでくる

ちょっと画期的な開発

しやがったなァ

って感じの

そうとうヤバい

ぬいぐるみ

 

ウワァ……と思いながら

いい歳の大人のぼくは

もちろん

買わないけどね

買うわけないけどね

と思いながら

毎日毎日

「ぼうねこ……」とつぶやきながら

なんとか一週間

「ぼうねこ」なしで生きのび

耐え忍んだのであった

 

耐え難きを耐え……

忍び難きを忍び……

 

買わないけどね

買うわけないけどね

と思いながら

でも

買っちゃうのかなあ

買っちゃうべきなのかなあ

などと

思いは勝手に走るものの

 

買わないんだなあ

そう簡単には

あんなのを小脇に挟んじゃったりして

上野駅の書店の

混んだレジに並ぶ恥ずかしいすがたを

想像してごらん!

いい歳の大人のぼくよ!

 

買っちゃうのかなあ

買っちゃうべきなのかなあ

買っちゃったらどんな感じだろうなあ

日々はどう変わるかなあ

などと

おあずけのおめざみたいに

思いながら

思うだけで過越しながら

毎日毎日

「ぼうねこ…」とつぶやきながら

一週間

どころか二週間目も

「ぼうねこ」なしで生きのび

耐え忍んでいく

ここが

また

垂涎の

こころの

快楽……

 

耐え難きを耐え……

忍び難きを忍び……






子ども用の消しゴムのあの芳香


 

新しい化粧水を開けて

ちょっと手に取ってみたら

うすい芳香がした

 

どぎつい

つよい香りではなくて

控えめな

かすかな香り

 

ふいに

思い出したのだ!

 

小学生の頃

文具店で選んでいた

あれこれの

子ども用の消しゴムの

あの芳香

 

よく消えるかどうかより

いい香りがするか

おもしろい柄が描いてあるか

パッケージに

好みのキャラクターが

載っていたりするか

そんな基準で

選びに選んで買っていた

消しゴムの

あれら

懐かしい数々

 




どんどんどんどん


  

クリエイティヴってなんだろう?

ときどき思う

 

まさか

かつて自分が作った古い「作品」に

汲々としがみついて

マネするな!

アイデアも盗むな!

なんて

インスピレーションの枯渇した時代遅れ爺みたいに

がなり立てることじゃ

ないよな?

 

作ったり

こしらえたりした作物は

どんどん手放して

どんどん捨てて

どんどん次のものを

自分でも思いつかなかったような新しいものを

疲れも知らず次々と作っていくことや

作っていけることが

クリエイティヴ

ってことばの基本の基本のように

思ってたんだけど

 

AIが自分の過去作品の発想を盗んでしまう!

って騒いでる人たちの

その「作品」とやらを見てみたら

あまりにもたいしたことない貧相なものなんで

笑っちゃったよ

 




驚くほどうまかったのだ!

 

 

朝食には

コーヒーを飲まない

 

むかし

飲んでいたことがある

 

けれども

胃に重いような気がして

紅茶に変えた

それ以来

ずっと

朝食には紅茶を飲むことにしている

 

昨日のことだが

朝食の後で

少量だけ

コーヒーを飲みたくなった

 

かるく

少量だけ飲むのだから

インスタントでかまわない

ネスカフェ・ゴールドブレンドを

淹れて

飲んでみた

 

そうしたら

驚くほど

うまかったのだ!

いかにもコーヒー!という

よい香りも

豊かに漂った

 

インスタントコーヒーは

いきなり湯を注がず

最初に少量の水をちょっと注いで

粉を溶かしておく

 

その後に熱湯を注ぐと

どんなインスタントもうまく入る

 

もちろん

そういう淹れ方をした

 

しかし

インスタントを淹れる時には

いつもそうしているのに

昨日の朝は

比べものにならないほど

芳香が漂い

うまかったのだ

 

不思議なこともあるものだ

と思った

 

いくらなんでも

インスタントコーヒーが

こんなにうまくなって

いいはずがない

 

ともあれ

うまかったのは

いいこと

よい香りが立ったのは

いいこと

 

だからといって

朝食に飲むものは

これからも

コーヒーにはしないと思う

 

紅茶を

飲み続けるよ

 





面白いなあ

 

 

かなり激しい雨が降り続いて

止んだが

また

降りはじめそうだった

 

風だけが

吹いていて

ときおり

かなり強くなる時もある

 

夜の闇

 

いっても

街中なので

濃淡のある薄闇だが

その中で

とうに花も落ち切って葉の茂り出した桜の木々のあいだを

なぜか

やけに心惹かれて

ゆっくり

行ったり来たり

していた

 

薄闇の中で

葉は

黒くも見えたり

緑の濃く変質したように見えたりしているが

風に揉まれて

揺れたり

騒いだり

急に静まったり

また動き出したり

そんな様子が

まるで特別製の立体映像のように

面白かった

 

揺れたり

騒いだり

急に静まったり

また

動き出したり

 

とうに花も落ち切って葉の茂り出した桜の木々は

面白いなあ

 

とうに花も落ち切って葉の茂り出した桜の木々のあいだを

ゆっくり

行ったり来たり

 

面白いなあ

 

この

特別製の見世物

いままで

味わいを知らなかったなんて

もったいなかったなあ

 

凄いほど

面白いなあ






2023年4月25日火曜日

寝たりなくてぼんやりしたアタマのおかげで!

 

 

寝たりなくて

ぼんやりしたアタマして

歩いていた朝


せわしなく

つめたく

さっさかさっさと

たくさん

ひとびとが歩いて行くばかりの

道を

わたしも

歩いていったのだけど

寝たりなくて

ぼんやりしたアタマだったものだから

足元とか

狭い周辺ばっかり

見ていたら

 

ああ!

なんて途切れなく

あとから

あとから

たくさんの植栽!

街路樹の下のちっちゃな植込み!

それに

こんな

ところにまで?

っていうぐらいに

頑張ってる

雑草!

雑草!

雑草!

 

それらが目に入って

目に入り続けて

あまりに入り続けるものだから

それらばっかり

見て歩くことにしたら

 

街は

いつのまにか

変わってしまった!

 

せわしなく

つめたく

さっさかさっさと

たくさん

ひとびとが歩いて行くばかりの

街が

 

なんと

植栽いっぱいの

こまかく人手の

やさしく人心の

入った街!

 

植栽のないところでも

こまかく

たくましく

でも

繊細に

執念深く

ほんとうにタフに

草たちの意志が

入り込み

絡み入った街!

 

ああ!

ありがとう!

寝たりなくて

ぼんやりしたアタマの

おかげで!

 

 




どうせだれかが決めたのよ

 

 

411日は

文章を書く必要から

丸の内の仲通りやブリックスクエアに取材に出て

いろいろな店舗についてメモを取ったり

地図を書いて位置関係を記入したり

写真を撮ったりしていた

その後

近ごろ変貌めまぐるしい東京駅の地下街をほぼすべて回って

入っている店のあれこれを意識に入れ直した

 

どうして思い出したのか

この日が金子みすゞの誕生日だったと思い

なんとなく

そんな色を帯びた目で

丸の内や東京駅を見直していた

 

金子みすゞという人の童謡詩は

わたしの子どもの頃にはまったく知られていなかったので

彼女のものをふつうに目にして成長していく昨今の子どもたちの未来は

わたしが生きてきた世界のこころとは

(わたしはそれを「世界心」などと大げさに呼んでみたくなる)

まったく異なったものになっていくだろう

金子みすゞを十代二十代でふつうに目にする人たちの未来は

否応もなく必然的に別のものになっていくだろう

 

わたしは金子みすゞのことをよく知らないが

夫のひどい仕打ちのせいで26歳で自殺したぐらいは知っている

夫のひどい仕打ちのせいで…とまとめてしまっていいのかわからないが

女癖のよくない夫が女性問題や放蕩に嵌まり込み

そんな夫から金子みすゞが淋病をうつされたというだけでも

あんな童謡詩を書く彼女にはひどいひどいひどい事態だっただろう

正式な離婚がほぼ固まってひとり娘も彼女が育てると決まったというのに

夫がまた結論を翻し娘の親権を強硬に要求することになったそうだ

こんなごたごたのひと月後にみすゞは服毒自殺を遂げる

飲んだのはカルモチンだったというが

ブロムワレリル尿素からなるこの催眠鎮痛剤は

太宰治が心中するのに使った薬剤として有名なあれだ

 

金子みすゞの詩をわたしはぜんぶ読んではいないが

当時の詩歌の人たちのつねとして

短歌の韻律を深いところまで染み通らせた言葉紡ぎをしていて

現代でも愛唱される理由はそこにあるだろうと感じる

ニッポンジンはどこまでも五七調や七五調であり

二十一世紀になったからといって猶も変わりはしない

これに抵抗した詩歌はことごとく滅び

いまやいよいよ五七調や七五調がふたたび表に蘇ってくる

ああ、かたじけなくもなさけない

うらさびしくもおそろしい

五七調や七五調の御代!

 

金子みすゞの自殺は

消滅とか滅びというものとは違って

燦然たる力の爆発のようにわたしなどは感じる

よくもまあ

自殺程度のことで済んだものと思う

自殺程度にことを収めたのが金子みすゞの力量の大きさであって

もっと大変な破滅を引き起こすことも可能であっただろう

 

そんなことをボーッと思いながら

つまらない品物や食い物が

無意味にちょっと高価に値付けられている浮薄の都

東京駅チカをさまよい歩いていた

 

浜はまつりの

ようだけど

海のなかでは

何万の

鰮(いわし)のとむらい

するだろう。*

 

などが

まずはアタマに浮かんできたが

こんなのも

次には

浮かんできた

 

人の知ってる草の名は、

わたしはちっとも知らないの。

 

人の知らない草の名を、

わたしはいくつも知ってるの。

 

それはわたしがつけたのよ、

すきな草にはすきな名を。

 

人の知ってる草の名も、

どうせだれかがつけたのよ。**

 

「どうせだれかがつけたのよ」

とは

ああ、なんという

世捨てっぷりだろう!

 

「人の知ってる草の名」など

わたしの土俵にも

舞台にも

世界にもしないわ

という

なんという

グレっぷりだろう!

 

ヤエチカとか

エキナカとかいって

おっきなスーツケースを滑らし

買い込んだ

お土産袋をいくつも提げ

あれやこれ

いろんなものをむしゃむしゃ頬張って

通路を

右往左往し

さらに

右顧左眄する

観光客でいっぱいの

ぜんぜんおもしろくない

チカ街を

さまよいながら

金子みすゞに負けぬ

世捨てっぷり!

グレっぷり!

しっかり

こころに堅持し続けようと

またまた

いつものように

替え歌ならぬ

替え詩して

ずんずん

ずんずん

いっそうずんずん

ずんずん

わたしは歩いて行き出した

わたしも歩いて行き出した

 

人の知ってるしあわせは、

わたしはちっとも知らないの。

 

人の知らないしあわせを、

わたしはいくつも知ってるの。

 

それはわたしがきめたのよ、

これそれあれがしあわせと。

 

人の知ってるしあわせも、

どうせだれかが決めたのよ。

 

 

 

 

*金子みすゞ「大漁」

**金子みすゞ「草の名」