2011年8月26日金曜日

水流のなかで水をつかむ



時間が過ぎていく
よくそう思う
そう思うようになった
もう若くないからね
だからなのか
ちょっと一息いれて
力をぬいて目をつぶる時など
過ぎていく
過ぎていくなぁ
そう思う

過ぎていくのか
ほんとに
そう思いなおす
毎日は渚の波のように
くりかえし寄せ
毎日がつらなっていくと
過ぎていっている
いつのまにか
時間は
―そういうことに
なっている

時間について
過ぎていくということについて
よぉく考えて
たしかめたく思う
この世に生まれ出て
これは価値ある作業のひとつだな
そう思う
哲学者たちの本には
けっこうあたってみた
よく整理して考えていて
感心するけれど
ほんとにそうかなぁと思う
そういう考え方もできる
できるだろうけど
でもね
という域を出ない
哲学って
そんな程度でいいわけなのか
あれでわかったということなのか
そうなっちゃうわけか

いや
過ぎていくものなどないのだ
時間など
そもそもない
考えていくのも
断言してしまうのもありだ
―とは知っている
そう思おうとしてみた時期もあった
でも
どうだかね
草木や子どもが成長したり
まわりの人びとが衰えていったり
読まなくても
新たな日付が重なっていく新聞
つまんでいたティッシュを
風の中で放せば
むこうまで飛んでいくし
親しいと思っていた人からの
便りは減っていくし
過ぎていくものなどない
とは
言おうとは
しなくなっていった

そうして
まるで
子どもの頃のように
時間とはなにか
正面から問い直しているのだ
やらなければならないことが目白押しで
ひとつのことをしながら
もう次の段取りを考えている毎日
ちょっと空いた暇に
ソファに身を投げ出して
目をつぶりながら
過ぎていくなぁ
過ぎていくなぁ
思いながら
そこから
その中から
過ぎていくものを
つかもうとしている

水流のなかで
水をつかんだこと
あるかい?
つかんだぞ、たしかに
そう思ったこと
あるかい?


茶の葉のようなほぐれ




I come to the Garden alone.(讃美歌の一節)




(かたちも色もない夢ばかり見るようになって…

(思い出しても
(それが夢だとも思えない…

(この世界の
(ものや事の澱みの沼の中で
(感じたのでも
(考えたのでもない

(べつの襞の中で
(わかった!…という瞬間の
(見えない
(触れない
(痕跡


ひとしきりの雨ののち
居間のテーブルに長く就いて
茶の葉が拡がっていくのをゆっくりと待ち
戸外に聞こえはじめた
小鳥のさえずりを聞いていた

――と、
ふいに来た
記憶
いつものような
夢ともつかぬ
べつの襞の中での
瞬間の
茶の葉のような
ほぐれ

…物語でもない
…印象でもない
…質や量があるなにかでもない
…大事なのは
…からだに現われない
…ものの場に移動できない
…思いや感情のもと
…この世界にあふれ出てくる前のもの
…それだけをいっそう
…核とせよ

ほぐれにこう告げられ
茶の葉がまだほぐれ尽きぬ
わずかの間に
はじめて
わたくしは魂となった
はい、といい
うなずき


もう
なにもなくなってしまった…
この世ですべき
こと



2011年8月19日金曜日

出ない旅


詩人たちはきっと
入り江の岩陰の
そこや
あのあたり
涼しく
薄い本をめくりながら
春のはじめの心の
毛並みなど
整えはじめているのだろう
激しい波しぶきに
コクリコの花束を思いあわせ
やがて沖の空が
世の本当の終わりのような
はじまりのような
代々の詩人たちの求め続けてきた
あの言い表わしがたい様相をとるのを
感知さえ難い
全身の扉を開いて
待っているのだろう

靴を
替えようか、私は
入り江のどの
岩陰に行くためでもなく
砂浜にも
町にも戻るでもなく
ただ足の肌に
新たな繊維を出会わせるために
終わり
はじまり
反意語に憑かれて
世紀の妄想に漬された脳も
べつの触感に
崩壊させてゆくため
そして――

風の中に死ぬ!
風の中に死ぬ!
遠さの中に
いや、遠さの外へ
実体となりきった透明として
草、水、舟、…
どれも記憶の
カフェのメニューにあった品々
あまりに小さなスプーンを
使いあぐねて
氷砂糖をひとつ
カップの縁に置いたままで
出た旅だった
たしか…

(こーひーダッタノニ
(ドウシテ葉ッパガ残ルノ
(かっぷノ内側ニ?

(さあ、
(どうしてだろうね
(きっと
(私たちが飲み続けてきたのは
(葉っぱの濾過され切れない
(お茶ばかりだったか
(人生と思って歩き続けてきたのが
(蛙の卵のゼラチン様の
(裏も表もないとろとろした境界だったように

…いつもいつも
捨てることになって
なんであれ
手放し
置き去りにし
捥がれるように奪われ
遠さの中に
いや、遠さの外へ
実体となりきった透明として
草、水、舟、…の私
どれも記憶の
とは言わせなくなるまで
待っていて、ね
無よ
なさよ
カフェのメニューにあった品々
あまりに小さなスプーンを
たとえば
使いあぐね
氷砂糖をひとつ
カップの縁に置いたままで

出ない旅