2021年3月28日日曜日

人口は明治5年に3480万6000人だったこと


 

 

日本の人口は

2009年の1億2707万人をピークに減少に転じ

その後11年間減少し続けて

2020年には1億2427万人になった

 

こうした人口の減少が

今後の日本の衰退を加速すると言いたがる人たちがいる

 

しかし

高度成長期とよばれる時代の

1954年から1973年の人口をふり返れば

1954年に8820万人

1967年に1億人を突破し

1973年に1億910万人程度になっているものの

2020年の1億2427万人には全く届いていない

 

この11年ほどの人口減少=衰退とする考え方は

まったく無意味と見たほうがよい

 

もちろん

総人口がどうこういうより

労働可能人口や大量消費可能人口や大量購入可能人口こそが問題になり

それは若年者や今後の出生者の数に左右される

 

しかしながら

良かれ悪しかれあれだけの精力的な発展を遂げた明治時代の人口が

明治5年(1872年)に3480万6000人

明治24年(1891年)に4025万1000人

明治45年(1912年)に5057万7000人

太平洋戦争開始年の

昭和16年(1941年)でさえ7221万8000人

多くの国民を失った後の敗戦年の

昭和20年(1945年)でも7214万7000人

だったのをふり返れば

現在時点での人口減少傾向や今後の減少傾向予測を

労働力や購買力の観点から悲観的に考えすぎるのはどうかしている


極端な話

明治はじめ頃の3000万人台の人口さえあれば

いくらでも活力は生めるはずで

1億を越えた人口を擁している現在にあって落胆や幻滅をするのは

ものの見方そのものに問題があるという他ない

 

甘えすぎている

とさえ

言えるだろう





後から来られる方はわたしよりも力のある方で

 

 

言っているいる

お持ちなさいな

いつでも夢を

いつでも夢を

佐伯孝夫「いつでも夢を」

 

 


ころなか

喧伝されるなか

マスクなしで

一年過ごしたけんど

春は花粉症の季節ですさかい

超積極的にマスクしている

ワテでんねん

 

花々咲いて

サクラも咲いて

ころなか

もう

ころな華や

ころな花でんねん

 

ワテのマスク

ころな用とちゃいまっせ

花粉用ですねん

ころななんて

超弱いウイルスですけん

マスクいりませんがな

 

ころな避けのため言うて

ますくしてはる人アホとちゃいまっか?

だって鼻口隠して

目ェ隠さずって

もう超アホでんがな

角膜からスーッ入りますさかい

特別メガネかけんといかんでっしゃろ

もしマジういるすでしたら

 

ほんものの強いういるすやったら

耳からも入りますさかい

膚からも入りますさかい

ういるすは濾過性病原体で

陶器さえ通過してきますさかい

マスクなんてもともと意味ないし

正直マジの強力ういるすだったら

防ぎようがまったくないので

からだの免疫力を維持するしかないですけん

薬もまずあり得ないですけん

共存しか方法はあり得ないですけん

すべては免疫力や抵抗力とういるすとの

バランスや駆け引きの問題になりますけん

 

となれば

マスクなんてして酸素量を減らしたり

呼吸器官を過度に外気から遮断したり

過度に湿度を呼吸器官に貯め込んだり

アルコールなんぞ付けまくって常在菌を殺しすぎたり

運動量を減らして体力を低下させたり

日光に浴びる量を減らしたりすれば

ういるすへの抵抗力はさらにグンと落ちて

からだはどんどんういるす畑になっていきますがな

 

テレビや無責任行政や御用医療関係者たちや

そこらのオバチャンレベル人間たちの話を信じているのも

勝手なのが現代社会の恐ろしいところ

多少の情報を集めて合成して考えればウソはすぐ見抜けるのに

そうしないのは勝手でもあり自由でもあるので

どうぞ個体として滅んでいってくださいな

 

とにかく出歩いて運動しておけ

太陽光線に当たっておけ

常在菌を大切に保持しておけ

さもないと次に計画されているもっと殺人的なういるすに

絶対に対抗できなくなりまっせ

ころなちゃんはただの先触れの奴さんに過ぎないざあます

かれらの言っているのをよぉく聞けば

言っている

言っている

後から来られる方はわたしよりも力のある方で

わたしはその方の履き物をお脱がせする資格もない

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=G9yWKkUN9rU





ネコの耳をめぐるパンセ


 

 

ネコは

やっぱり

耳あってこその

ネコなのであるようなのである

 

耳がなくなっちゃったネコの顔を

思い浮かべてみると

てんで

サマにならないあるヨ

 

ネコのネコたる性質

というか

ネコのネコ自体なるもの

というか

 

それは

じつはあの耳にこそあり

あの耳があのアタマについていることにこそ

あるのであるのである

 

と思索すると

ドラえもんはやっぱりすごいな

と思い到るのであるが

あれはやっぱりネコとはだいぶ違う

 

耳を除いたネコを想像すると

やっぱり

てんでサマにならず

ドラえもんのようには収まらない

 

ひとつ想像していただきたいのだが

耳のないネコどもが

そこらにウヨウヨしていたり

ソファの上でニャアと鳴いたり

 

していたからといって

わァ~かわいい~などとは

やっぱり

ならないんじゃないかね

 

なんでまァ

出家なんかしちゃったのかねェ

なんて

気にかかってきちゃうんじゃないかネ





断定判定裁定

  

とにかく人びとは

なにかを断定したくてしょうがない

なにかを判定したくてしょうがない

なにかを裁定したくてしょうがない

評論や論説やエッセーを見ても思うが

SNSでの厖大な量の書き込みをザッと眺めても思う

今こうして「人びと」について断定判定裁定するわたしも

まったく同じこと

断定したくてしょうがない

判定したくてしょうがない

裁定したくてしょうがない

 

ならば

まったく逆の態度も突破口としてはあるはずだ

なにも断定しない

なにも判定しない

なにも裁定しない

 

世界とじぶんとの戦いではつねに世界の側に味方せよ

フランツ・カフカ

 

もちろん

カフカが正しかったとも言えない

 

ここは

カフカのいた戦場とは違うからだ

 

教養や保守主義の弱点は

ここにある





クレジットタイトルが流れていくのを

  

遅く起きて

家で雑事をしていたら

すぐに夕方になり

さらに宵闇が街に染みてきて

すっかり暗くなってから

満開の桜を見に出る

 

日中のようにはよく見えない桜も

やはりとてもいいもので

離れたところで

街灯に赤らんでいるのが見えたりすると

桜は距離をおいて見えるのが

やはりいちばんよいと思えてくる

 

夜の桜を薄暗いなかで見たり

遠巻きに見たり

ぼんやりと眺めたりするときの

この夢見心地はなんだろう

見ていることや見えているものが

どれも幻や夢でしかないようで

 

大事なことも親しい人々も

あゝ 古い映画のように

もうすっかり通過していってしまって

わたしだけ現世という映画館のなかにまだ居て

たったひとり座ったまま見ているようだ

クレジットタイトルが流れていくのを




2021年3月27日土曜日

アジェンダ21

 

 

アジェンダ21

この有名な計画にしたがって

すべて運ばれている

 

全人類への人口抑制政策は

1970年

すでにローマクラブが提唱している

 

2019年9月

アメリカにゲイツ財団や各国の保健機関が集結し

パンデミックのための国際対策シミュレーション会議を開く

ファウチから予算を与えられてコロナを開発した中国も参加

日本は招聘されなかった

この対策会合では

まずブラジルで最初のクラスター発生を起こすことを決定

数年後に人類の半数以上を感染させる計画が共有される

 

第二次大戦戦勝国らによる世界支配継続のせいで

国連の活動同様

今回の世界規模の人口抑制計画でも脇に除けられている日本の政権

表面的にしかPCR検査拡大をしない方針を貫き続け

巧妙な抵抗を行っている

戦勝国連合への日本の抵抗は非常に根が深い

 

国連が世界平和を維持している善の体現者であるかのように盲信す

一見よき人びとがいるが

第二次大戦戦勝国連合を善と見ることでしか成立しない観点で

ヒットラーユーゲントや少国民の戦後版にすぎない

無知と盲信はつねに哀れなものである

 

PCRとワクチンを抑制しようとする日本政府の抵抗は

みごとに政治的で巧妙

しかし

幾らかの譲歩と被害は避けられないが

 

PCRとワクチンを推進せよと主張する者たちは

はっきりと反日の工作員であることがわかる

とりわけ

いわゆる左翼系や良識系と見えていた連中の蛮行が甚だしい

つぶさに彼らの名と情報を収集すべし





皮肉というのか本望というのか

 

 

知りあいのひとりで

数年前に大病をしたひとから

ひさしぶりにメールが来た

 

病気や手術のあと

生活はすっかりガタガタになり

なんとか生きているものの

不調のなかでのリハビリ続きで

だいたいは家に閉じこもりぎみになり

昨今のウイルスさわぎにも

幸か不幸かまったく縁がなかった

よかったことといえば

なにかとぶつかりがちだった夫が

あれこれめんどうを見てくれるようになり

夫婦ふたりの家庭は逆に落ち着いて

心の安寧が得られるようになったこと

 

そのひとの義弟が先週死んだのだという

家系にガンがあまりに多いので

じぶんは罹るまいとつねに注意をし

食事にも生き方にも気をつかって

すこぶる健康に生きていたそうだが

からだを温めるのはガン予防にいいと

つとめて定期的に行っていた温泉で急死した

酒をすこし飲んでいい気分になって浸かりながら

大浴場の中で死んでいたのだという

 

ガンでも死なずウイルスでも死なず

からだのためになる温泉の中で死ぬのだから

皮肉というのか本望というのかと

そのひとのメールには書かれていた

現地の医師がふと思いついてPCRでもすれば

きっとこれもコロナ死にされてしまっただろうが

幸か不幸かもう荼毘にふされて弔いも終わり

突然見舞った出来事のせいであたふたと

義妹たちが事務的なことがらの整理で

大忙しで駆けまわっているのだという





2021年3月26日金曜日

外食の疫病神

  

どうしてだか

その人と食べようとすると

うまくもない店や

そのわりに

値段をふっかけられるような店ばかりに

行ってしまう

 

そんな人

というのが

いる

 

だから

だんだんと

その人とは

食べに出なくなる

 

なにか

外で食べる際には

ちょっと驚きのある時間を

持ちたい

と思っているので

いくらか高くなっても

いいのだが

出されてくる皿が

いちいち

チョットナァ……

となると

その人

こそが外食の疫病神かも

思えてくる

 

こんな疫病神を払うには

こちらが思い切って

わがままに店を選び

わがままに

変わった料理を注文すればいいのだが

それほどまでする相手かな?

と思ったりするとなると

ちょっと

抜けられない

迷宮に入ってきてしまって

ますナ





しおしお


女たちには

好きなのを選んで

レストランで

言う

 

なにを選ぶかで

女はわかる

 

食べ物の好みなど

もちろん

ひとそれぞれで

なにを選んでもいいのだが

複数えらぶとなると

そこには必ず

これまでの人生が出る

 

値が張る

といっても

たかが数百円や

千円

二千円程度の差しかないのに

せっかくの宴で

どうしても

料理の注文の際

飛躍できない女がいる

 

もちろん

高ければいい

というものではないが

せっかく

わたしと食べるのに

あえて酢豚か

油林鶏か

五目炒めか

そこらの

安い中華屋で選ぶような

注文ぶりを見ると

なんだか

しおしおと

してきて

しまう




中古の関係

  

愛人

ということばは好きで

聞くたび

いいなぁ

と思う

 

なんといっても

愛シテイル人

なんだから

他者を引き立てるための

添え物の意味あいの

なんて

いうのよりも

よっぽど

いい

 

刺身の妻

より

刺身の愛人

のほうが

やっぱり

いい

 

とはいえ

愛人

と聞くと

げんなりもする

あゝ つまんない

とも思う

 

馴染みすぎな感じが

もう

所帯じみた

というか

なれ合い過ぎ

というか

妻でもないのに

新鮮味が

もう

消えてしまっている

 

愛人

をこしらえて

安住している男って

嫌だな

とまでは思わないが

つまらないな

と思う

愛人

までいかない

不安定な

心理の駆け引きの間だけが

どうにか

こうにか

面白くって

お互いに理解しあったり

大丈夫な人だと

安心してしまったり

って

つらいな

つまらないな

もう

中古の関係じゃないかサ

 

……と

愛人

長くやっている人の

話を聞いて

思った次第なわけです