2021年11月22日月曜日

昼と夜

  

まだ世界ができたての頃

紺碧の海を見下ろす崖の上で

駆けっこしている

金髪の少年と

黒髪の少年

 

金髪の少年の名は

パエトン

黒髪の少年は

エパポス

 

駆けっこに勝ったのは

金髪のパエトン

 

ふたりの

父自慢がはじまった

パエトンの父はアポロン

エパポスの父はゼウス

 

ゼウスに

小さな稲妻の投げ方も教わって

この前なんか

ハゲタカを三羽も殺したし

漁船を脅かしたり

山火事を起こしたりしたよ

と言うエパポスに

パエトンも

黙っていない

 

パパは

馬に馬具をつけ

太陽の金色の戦車を天空に走らせる

それが

昼というものなんだよ

 

それから

大海原の潮流の上を

船に乗って

東の宮殿に帰るのさ

それが

夜というものなんだよ

 

まだ

パエトンが

父の戦車を借りる前

あの悲劇に見舞われる前の

がんぜない

昼と夜の

大きな

大きな

お話である





2021年11月18日木曜日

今じゃフロックコートなんか着て

 

 

このまえ死んだ叔父が

夢のなかに出てきた

フロックコートなんか着ちゃって

颯爽と歩いている

 

銀座のビルの一階の書店に

いっしょに入った

広いフロアをあちこち歩くうち

分厚い漫画週刊誌が

平積みされているところに来た

一冊を取ってめくりながら

最近の漫画の傾向はこれこれで

こんなのがこんなふうで

などと叔父に話すと

叔父のほうがよほど蘊蓄があって

もっと的確な解説をした

 

書店を出て歩くうち

古びた不動産屋のようなところに来て

ちょっと入るか?と言うので

興味はなかったがいっしょに入る

戸を開けると中には67人が

こちらを向いて座っていて

叔父に聞くと占い屋なのだという

腹巻きをしたおっちゃんや

頭にニット帽を被った爺さんや

風采の上がらない人たちが

こっちを向いて机のむこうにいる

 

占ってもらう必要はないし

予知能力なら僕のほうがあるだろうし

などと思いながらも

どんなふうに彼らが占うのか

ちょっと見てみてもいいかな?と

少し関心も湧いて来かかる

うっかり咳が出たがカゼを引いたのではない

店の中で数人が煙草を吸っているからで

まったく今どき煙草の煙で

もわもわしているところなんてと

時代を間違えたような気になる

 

最近は夢を見ていても

夢のなかでこれは夢だなと気づいている

なのでフロックコートなんか着て

叔父が颯爽と銀座を歩いていても

これはもちろん夢なんだよなと

夢の中の僕は気がついている

とはいえこんなふうに夢に

出てくるようになったのだから

死んでから叔父もすっかり回復して

元気になって若返ったりもしたんだろう

そう思い一件落着ということかなと思った

 

少なくとも二十年は引き籠もりになって

まったく掃除もゴミ捨てもせずに

津波の引いた後のような土気色の家のなかで

八十一になる今年の初夏まで生きていた叔父は

夏から初秋にかけて入退院をくり返し

八月二十七日に膵臓ガンで死んだ

四十九日も済み七十七日にもなって

今じゃフロックコートなんか着て

銀座を闊歩しているんだから

ひとっていうのはやっぱり

いったん死んでから回復して

また元気になるものなんだなあと

夢のなかで驚いて見つめていたのだった





2021年11月17日水曜日

銀座は紀貫之


  

紀貫之

ってやつは

けっこう

好きなんである

 

だいたい

短歌が洒落ている

正岡子規がどんなにダメだダメだと言おうが

紀貫之の歌は

おもしろい

写実とか

ありのままとか

そんなの

最初から眼中にない

あんな詩歌

平安時代に作ってくれちゃったんだから

ステキ

 

『土佐日記』なんぞも

洒落てる

学校で

『土佐日記』=紀貫之

って

暗記させられるが

そういうのを無粋という

あの出だし

見てみ

 

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。それの年(承平四年)のしはすの二十日あまり一日の、戌の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人縣の四年五年はてゝ例のことゞも皆しをへて、解由など取りて住むたちより出でゝ船に乘るべき所へわたる。かれこれ知る知らぬおくりす。年ごろよく具しつる人々なむわかれ難く思ひてその日頻にとかくしつゝのゝしるうちに夜更けぬ。

 

男のくせに女のふりして書き出すのは

まァ

今から見ればまだ芸が浅いとしても

最初の一文から

次の文へと移ると

もうもう

門出す

なのである

門出す

と言っておきながら

ちょっとゴタゴタするが

それでもちゃんと

船に乗るべき所へわたる

んである

そこからふたつ目の文の最後では

もう

夜更けぬ

なんだから

はやい

はやい

なんだ?この展開のはやさは?

なかなか物事が進んでいかない村上春樹の小説とは

ぜんぜんわけが違うぞ

ってなこった

 

こういうとこが

好きなんヨ

 

詩歌の天才ってのは

紀貫之

だと思ってる

大伴家持とか柿本人麻呂とか

あのあたりは

ちょっと

天才ってのとは違う気がするし

藤原定家とか

後鳥羽院とか

藤原義経とか

あのあたりは大好きだが

けっこう

苦しんで作ってる感があって

らくらくスイスイの天才

ってのとは

違う感じかなァ

と思う

 

紀貫之である

なんたって

紀貫之

なんである

 

ところで

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。

から

現代人もすなるネットというものを

非現代人もしてみむとするなり。

チコチコ

やってみたインターネットで

あれやこれや

ものを読んでみると

だいたいは

おんなじ文体なんだよな

これが

 

いろいろと違う意見を戦わしてたりするのに

文体は

おんなじ

時代のエクリチュールは

結局似てしまう

って

ロラン・バルトは言ってたような気がするが

たぶん

そうなんだろう

だいたい

議論できたりするってのが

もう

おなじ土俵に乗ってるってことだから

そらそうだろ

そらそうだろ

 

 

人知れぬ思ひのみこそわびしけれ我がなげきをば我のみぞ知る

 

 

色も香も昔の濃さに匂へども植ゑけむ人の影ぞ恋しき

 

 

夢とこそ言ふべかりけれ世の中にうつつあるものと思ひけるかな

 

 

紀貫之の話をしたから

紀貫之の歌で終える

 

たぶん

読んでない歌だろ?

ふつうの人は?

 

『古今和歌集』に入ってる歌なんであります。

読んでなきゃ

ダメだよ

なんのために日本語圏に生まれ落ちたか

わかんなくなっちゃうよ

 

我がなげきをば我のみぞ知る

我がなげきをば我のみぞ知る

我がなげきをば我のみぞ知る

 

べつに

嘆いてなんか

いないけどねわたくしは

 

若かりし頃

お金もないのに

よく銀座に行ってね

イエナ書店に行ってね

洋雑誌とかデザイン本とか

よく見ていた

ビルの1階と2階は近藤書店

3階がイエナ書店

晴海通り沿い

 

そうして

お金があまりなくても行けるということで

喫茶店に行く

アカンサスだったか

アカンザスだったか

そこへ

 

老婦人がやっていて

ちょっと話したりした

 

よく

『古今和歌集』を持って

そこへ行った

岩波文庫の『古今和歌集』

佐伯梅友の校注版

 

ランボーでもなく

ロートレアモンでもなく

銀座へは

『古今和歌集』

 

石川淳なんかも

選集をぜんぶ読んでいる頃だったから

持って行ったなァ

新作の『狂風記』なんかも

重いのに

抱えて行ったりして

 

銀座

紀貫之

 

『古今和歌集』だ

 

『土佐日記』

持って行ったこと

ない

 

かれこれ

知る知らぬ

おくりす。

年ごろよく具しつる人々なむわかれ難く思ひて

その日頻にとかくしつゝ

のゝしるうちに

夜更けぬ。

 

持って行けば

よかった

 

知る知らぬ

おくりす。

 

わかれ難く思ひて

その日頻にとかくしつゝ

のゝしるうちに

夜更けぬ。





なんだかいい気持ちである。

 

 

なんだか

いい気持ちである。

 

である

というカタッ苦しい言いかたで結んで

マルまで付けてしまいたくなる

ほど

なんである。

 

そうしたほうが

いい気持ちを

もっと

よく表現できるような気がする

のである。

 

なんだか

いい気持ちである。

 

言いたい時の

いい気持ち

って

いうのは

まァ

快楽とかいうのとは

ちがう

すこぶる

ちがう

 

春のぽかぽかの中で

ひとりで

なァんにも

やらなきゃいけないことなんか

なくって

黄色い菜の花とか

淡いとりどりの色の花とか

いっぱい咲いていて

ちょっと

寝転んでいようかな

これからのながいながい人生とやら

どう生きてみようかな

なんて

高校生のように思ってみるような

そんな

いい気持ち

なんで

ある。

 

なんだか

いい気持ちである。

 

たいていの場合

ぼくは

なんだか

いい気持ち

なんで

ある。

 

やらなきゃいけないこととか

急がなきゃいけないこととか

そんなもんが

飛び込んでこないかぎりは

いい気持ち

なんで

ある。

 

なんだか

いい気持ちである。

 

いい気持ち

なんで

ある。





2021年11月16日火曜日

一領域


 

積み重なっている

ほかにも積み重なっている

滑り落ちそうな部分もある

だいぶ間が空いている箇所がある

 

切れ目を入れるべきだとも思わない

 

細くても強い青々とした草の一本がほしい

此処にはほしい

 

重力の細く集まったところが蒼く軋る

長方形が

やはり

歩いてくる

正方形ときたら楕円になって

今日はずいぶん寛いでいる

 

だから

気を抜くなと言っただろう!

世界は一行一行変質して行ってしまうのだ

散文とは違う

 

自己言及は

つねに独自のエネルギーを生む

 

そういうことを思考する

科学の

一領域だとは

言える





セポンピピリン草を焚くことを添えておく

 

 

時間を考えようとすると

人は平気で

「ある」「いる」を道具として使ってしまうから

けっきょく

いつも時間を取り逃がす

時間は「ある」や「いる」の網には絡まって来ずに

かろうじて

無時間の感覚になったときの

微妙な触感で触れうるかどうか

だから

 

意識が時間をとらえることは絶対にできないが

ここから次の時間が生まれて伸びていくというポイントを

ほんのちょっとのズレを許容したうえで

仮想してみることはできる

 

まるで

ビッグバンとやらが起こる直前の極少の点のような

おそろしく静かなものが

見えず

触れ得ないながら

あるのが

わかる

 

もちろん

こんな語り口ではそれを伝えられないので

 

セポンピピリン草を

おそろしいほど蒼黒い北海の深夜の海の上で

ソッと焚いてみてください

そうしたらわかるから

それですから

それですから

それですから

 

添えておく