2012年10月31日水曜日

拭き続けていくのか



朝の10時ごろ
しゃがんで
床の石板の一枚一枚
ぎゅっ、ぎゅっ
雑巾で
拭き洗いしている
水色の
制服のおばさん

永田町
東京メトロ
半蔵門線ホーム
一号車付近

薄いからだ
メガネの
制服おばさん
掃除っぷりに感心し
しばらく
ぼくは見続けてしまった

こんなふうに
どこの駅のホームでも
一枚一枚
床の石板は
拭かれ
磨かれて
掃除されてきたのか?

メトロの
駅という駅を
いっぺんに思い
ぼうぜんとなりながら
ホームの
あちこちに目をやり
むこうまで
見やり
ぼうぜんと
なりつづけた

一枚一枚
ぎゅっ、ぎゅっ
床の石板を
ずっと
だれかが
拭き続けていくのか

いつか
駅が壊され
石板の一枚一枚が
瓦礫になって
どこかに
山をつくるまで

2012年10月30日火曜日

だからここで

  

9丁目5番地の住まいからマクセル夫人は出て
四国と九州を周遊し
トルコにも地中海にも行かず

マルタ島の姪に全財産を譲ると急いで手紙を書き
投函し終えた後
1丁目のレストラン『きまぐれ』のテラスに坐って
ニソワーズスープを何口か啜ったところで

昇天したそうなのだ

死んだのではなく
倒れもくず折れもせず

宙にふわっと浮いて
そのまま空に上がっていき

かなりの高度に達したところで
見えなくなったそうなのだ

だから
ここでマクセル夫人の物語は
おわり


2012年10月29日月曜日

おもいになまえは



くらいところにいたので
じかんまでわすれ

わたし
というひつようもないのでいわないでいたら
わたしというものが
どこかへいってしまって

じかんをわすれたのがだれなのか
わからなくなり

わたしがどこかへいってしまったと
かんじるのもだれなのか
わからなくなり

しかしおもいはつづく

つづくなあ

だれがおもっているのでも
いいんだなあ

いや
このおもいは
このおもいをおもっているおもいが
ささえてなきゃいけないんだが

このおもいをささえているおもいを
わたしだとか
これこれのなまえだとか
こんなしゅみがあるとか
だいじなのはこれだとか

そんなのは
なくってもいいんだなあ

おもいはおもいのままで
ちゃんと
やっていくのさ

おもいに
なまえはいらない


2012年10月28日日曜日

電飾のようなブルーの魚たちは



つらい石を
油の
外務大臣に引かせて
南海の果て
わたしはゼブラ柄の海蛇を調教し
気になっていたラブレターも
書き終え
サインも済ませた

オレンジの皮を
星のかたちにきれいに切り
外務大臣に付ければ
あたりの海水が
柑橘系の香りに染まるはず

高価でもいいから
本当に気に入るティーカップ
ほしいね
歴史のやつばかり
嗅ぎ煙草で香り
ジョセフィン…とかいう名の
娘をまだ
希少金属たちが
触れ得ていないと愚痴を言う

もう其処に
達しているのだよ!

なかば透明な
電飾のようなブルーの魚たちは
知っていて
ずっとまわりに集まって
どんな波にも流されず
留まってくれている


2012年10月27日土曜日

ミカエルが風呂から上がってくる




冷たくなったコーヒーを飲み終えるまで――

押し入れの奥の樫の大木が綿のように
ふいに柔らかく、その後すぐにこわばり、星が心の梁にかかる

―だれが運転していくの?
―そりゃあ、マギーさ

ぼくらはまだ台所に静まっている
雲行きがあやしいのに帆船のおもちゃを出しっぱなしにして
冷たくなったコーヒーを飲み終えるまで
ミカエルがまた風呂に浸かっている
運命の縁のうぐいす

―ぼくじゃない。ぼくじゃないんだ。

…まだ台所に静まっている。テーブルに
姿勢正しく座って、呼吸の音さえ抑えながら
(そう、うるおいが戻ってきている。言葉のひとつひとつに…)

少年期までの顔の陰はみずみずしい。やわらかくて…

取り戻す、という発想はしないまま…

いつまでもいる
何十年も経ったはずだろう?
なのに、まだ台所にいる
ぼくらはまだ台所に静まっている
雲行きがあやしいのに

…天使たちは通過?いつも、天使たちは
他人だと思い込んで

葉を毟りたくなる癖はしだいに落ちていって
少年は少年を卒業していく
そうして気づく、来たことのない道に
出たのを

道さえなく
足さえなく

ともすれば足は地面に根を下ろしたがり
すぐに硬直しがちになる
根の足で歩けるか
根は歩くか
歩く足は根ではありえないか

―いいよ、ぼくは歩いていく

小さな
細い川まででもいい

歩いていく

ミカエルが風呂から上がってくる

目をもう一度閉じて
また開ける

かぼそい
温かい
その時間のあいだに


2012年10月26日金曜日

海ほおずき



乾期の終わり、若いその兎は立ち止まり
かつてしたようにサフランの花に鼻を寄せる

海軍が鉱物質の洗剤を仕入れ
ピアノが鍵盤を足にして
いとも軽々と船底の倉庫に運び入れる。と、鳴り出す
マラン・マレの
さびしくも喧しいところのある曲
数曲

風に吹かれていたい
きれいな恋を心のふかくで続け
太陽という目に
やっぱり見せてやらない
まごころ、ゾクッ!

ぶぎぶぎ靴鳴らして
艦長は来る
じつは彼
ぼくの真の父なのでは…と
ひそかに思いながら
海ほおずきでいっぱいのバケツを
股に挟み
ひとつふたつ
口にほお張っては

ぶぎっ

ぶぎぶぎっ



2012年10月25日木曜日

77777



ありふれた布が77777と崩れ
日時計に爽やかな甲虫が屈伸。るき子に久しぶりに
会ったから?、入金が増したのは
水田に満々と水は張り
全天すっかり映し取って
弾けるほど紺碧の世界、とはいえ視覚効果だけに震えて
なにか悟ったつもりにやはりなってしまう
世代か?

77777
銀杏の高木の枝に垂れて
古いあの恋が停止した秒刻が本当に焼け始める
真っ赤なロリポップが
みずから解れてれろれろと土に塗れ
ようするに距離か
距離か、嘘が地肌になった人…
考え直せば疎林

木の窓辺に枠を握って
そこを軸にして
中心にして
遠く窓外を見たり
枠を見つめ直したり
したいが木の窓辺がもうない
窓枠がみなナイフの刃の
新世紀
歎いている暇はすでになく
ナイフの刃の上に
手のひらを
じっとり押し開いていく
深い傷の
さかしまの谷を
世界の
軸とすべく


2012年10月23日火曜日

時には動詞を捨てよ



手もとに
どの海にもまだ現われていない珊瑚の
希少芽

未来の海が聞こえる

遠さを飲み込んだ喉よ
ときどき深い洞のように響き
揺れ続ける
波のおもての律を掴み
ともにたゆたう者たちは
祝福されよう
いつまでも

かなたの船が懐かしい
乗ったこともない
見知らぬ船が
昔なろうとした理想人が
乗っているかと
草の心は動き
失われた貝
失われつつある風
幻影の埃を払い
また動き出してくる
気配
そして従順

守らずとも
芽はつよくあり
無数の天地創造が
ここに企まれている
最高の謎を
まだ解いていないから
あり続けるだろう
気の遊ぶ世は
濡らすことなき液は

謀略の陰毛
ある緯度における慈愛
濃い蜜のようにこびりつき
じつは育んでいた
異土

時には動詞を捨てよ
つつつつつつつ
空涙して
待つ
赤い音の
始まりなどを
その他を



2012年10月22日月曜日

むしろ そこに住む




とはいっても自分から
出てくる言葉とのつきあいだけが神事

燃え残った建物も捨てて

黒く煤けた内部の
ふいの唖然とする美しさに

水の揺れを通して
見下ろす街の夜景を
…しかし涙はとうに涸れていて

風のない
ほとんどない
秋の午後
夕方前
それでも
さわさわと
枯れ出した草は鳴るのです

(おしゃべりを
(する人たちは
(さびしいね
(さびしいね

心が遠いのか…
意識が遠いのか…
遠さが近いのか…

いくらでもできる
その気になれば
固有名詞や
普通名詞を
引き込むことなんて

少し遠くを見わたせば
詩人たちの
立ち枯れの
泥っぽい鈍色の柱
乱立というのでなく
存外きれいに並んで卒塔婆のようでもあり

ああして
みんな
みんな
枯れていくのね
外へ押し出されるわけでもなくて
中心というものは
ただ絶えまなく移り
かつての中心を
ひたすら嫌って
いつも
いつも
つぎの近江京
いつまでも
つぎの近江京

あの枯れ木にも
むかし心があって
そんな不確かな動きのそぶりがあって
言葉を吐いた
言葉を吸った

死んでも
枯れても
破られても
言葉だけが
生き残っていくのかしら
…かしら、ね

秋はひたすらに滅びの温度
生きている人の
死んでいる様がよく見え
ぼうぼうと燃える
未来の死体がひとつひとつ
見え過ぎる
まだ来ない時なのに
見え過ぎる
先行予約死体がお茶して
ショッピングして
集まって騒いで
さびしい
楽しさはさびしい
お洒落はさびしい
一家団欒さびしい
和気藹藹さびしい
家内安全さびしい
愛欲交合さびしい
臨海友邦さびしい
無限繁栄さびしい
人類平和さびしい
無限発展さびしい
焼肉定食さびしい
四字熟語さびしい

肋骨のなかに
ふと疲れを覚え
むしろ
そこに住む

からだに住んでいると
あなたも
思っているの?
からだのどこにお住まい?

今度
寄らせていただきます

こつこつ
ノックすればいいのかしら?
ふにゃふにゃ
押せばいいのかしら?



2012年10月14日日曜日

蟲の音ばかりや残るらん

  

どうせぼくなんか

といつも思っている
どこかで思っている
しねこく思っている

勉強も運動もできなかった長い病気の少年時代
いいところもあったが酒乱の父
いいところもあったがヒステリーの母
うそのように襲ってきた落とし穴のようなたくさんの失敗

あれも捨て
これもあきらめ
なにひとつ
ほんとうに力を出せたためしもない
だらだらの人生

楽しいこともあったが
むなしさがいつも裏地にあって
おのずと手にとる本は
日本古典の
むなしさの染みた歌や文や

ああ、ほんとうに日本古典には助けられたよ
あれら
数々の引かれ者の小唄
ほんとうにあれらにしみじみ身を寄せて
日かげばかりを生きてきた心だったよ

うす暗い夕暮れ時
軒から軒を音もなく
すすっと歩いて
ひょおおおと消える
そんな暮らしをしてきたよ

ときおり音よく松虫などが
草葉の露も深緑*
秋の風更け行くまゝに
聞こえて声々友さそう
遠里ながらほど近き
こや住の江の浦伝い
潮風も
吹くや岸野の秋の草
吹くや岸野の秋の草
松も響きて沖つ波
この市人の数々に
われも行き
人も行く
阿倍野の原はおもしろや
阿倍野の原はおもしろや**

…などと心は往き
逝き
おかげで体が
生きのびた
次第

けれども
全身くまなく
細胞の
ひとつひとつに染みた
むなしさ
あいかわらず
日かげばかりを
生きていく
ほかなく
夕暮れ暗い頃
軒から軒を音もなく
すすっと歩いて
ひょおおおと
消える
消えてく
消えてきます
そんな暮らしを
していくよ
そんな暮らしを
していって

さらばよ友人***
名残の袖を
招く尾花のほのかに見えし
跡絶えて
草茫々たるあしたの原に
草茫々たるあしたの原に
蟲の音ばかりや残るらん
蟲の音ばかりや残るらん






*より**まで、謡曲『松虫』よりのパッチワーク。有朋堂文庫版謡曲集・下(昭和四年)によるが、仮名遣いは現代仮名遣いに直した。

***以下終わりまで、謡曲『松虫』の終結部分。有朋堂文庫版謡曲集・下(昭和四年)によるが、仮名遣いは現代仮名遣いに直した。



2012年10月11日木曜日

どんどんふかくわたしはねむる




どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふかくふかく

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふかくふか

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふかくふ

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふかく

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふか

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかくふ

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふかく

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふか

どんどんふかくわたしはねむる どんどんふ

どんどんふかくわたしはねむる どんどん

どんどんふかくわたしはねむる どんど

どんどんふかくわたしはねむる どん

どんどんふかくわたしはねむる ど

どんどんふかくわたしはねむる 

どんどんふかくわたしはねむ

どんどんふかくわたしはね

どんどんふかくわたしは

どんどんふかくわたし

どんどんふかくわた

どんどんふかくわ

どんどんふかく

どんどんふか

どんどんふ

どんどん

どんど

どん