2020年11月27日金曜日

良質の靄なら

 

行かなくなってしまった湿原から 

靄は来続けている

たしかに私は非繁華街人

靄の着こなし方には長けている

6269

見えない煙草を

人差し指と中指に挟んで

桐島由希子から借りたまゝの唇に

この頃

よく運ぶのよ

6270

水をたっぷり吸った海綿のように

湿っているべき心

白磁の皿より

薄い金色の貝皿に載せて

裏に水滴が付き始める程度の

ほんのひと時を

初夏の

真みどりの細木の並びのように

良質の靄なら

生きる





2020年11月15日日曜日

このさようならの波の打ち寄せのなかで


 

C’est une chanson, qui nous ressemble

Jacques Prévert Les Feuilles Mortes

 

 


森のなかの宴会場か

ホールのようなところで

長かった大きな集まりが終わり

つぎつぎ来るバスやタクシーに乗って

何人かずつ何十人かずつ

その場を離れていく

 

何台かのバスを見送りながら

うしろの席にはあの人も

そのとなりにはあの人も

わきにはあの人もあんな人も

みんなもう去っていくのかと

終わりということの波が寄せてくる

 

それらのどの人たちとも

うまくつき合えたとはいえない

反目しないまでも

どこか認めあわないまま

どこか故意の無視をしながら

時も世もどんどんと過ぎた

 

心に響く声にいま知らされるのは

ぼくのぼくはけっきょく

彼らあってこそのぼく

彼らとの微妙な拮抗あってのぼく

彼らが去ればぼくも消えていく

このさようならの波の打ち寄せのなかで





2020年11月13日金曜日

ダサいんだよ


 

なにかというと

じぶんに出会うために、とか

ほんとうのじぶんをさがして、とか

はたまた

自由を求めて、とか

真理に到ろうとして、とか

口走ってしまう声帯や舌や口腔を持っている人体が

そこ此処に

 

馬鹿か?…と思いそうになるが

なんとか堪えて

芸がないんだな、どうしようもなく、と

思い直して

やることにしている

 

じぶんに出会わないために、とか

ほんとうのじぶんだけはさがさないために、とか

はたまた

自由など求めないために、とか

真理にだけは到らないために、とか

 

せめて

この程度には

言えよ

 

ダサいんだよ





あれが昭和というものだったのか

 

中学生ぐらいまでは

冬の夜に起きているのが寒くて

ほんとうにつらかった

どうしてあれほど寒かったのか

コンクリート製の家だったのに

朝には水道管の水が凍っていて

蛇口をひねっても水が出てこない

勉強机に向かうと息が白くなるし

手や指はかじかむので

インスタントコーヒーの空き瓶に

沸かしたお湯を入れて腿で挟み

かじかんだ手を温めたりしていた

それがふつうと思って生きていたのは

あれはなんだったのだろう

あれが昭和というものだったのか





ぼくらの小さかった頃はまだ

 

冬も本当に寒くなってくると

ぼくらの小学校では

石炭を焚いた

石炭だけでは燃えないので

薪もストーブに入れる

火は新聞紙で点けて入れたり

新聞紙を入れておいて

そこにマッチを入れたりする

火を点けるのは

先生がすることが多かったが

生徒は順々にストーブ係をしたので

生徒が火を点けることもあった

 

石炭や薪を取りに行くのは

ストーブ係の仕事で

冷え込んだ朝や雪の日など

寒くて寒くてつらかった

でもトタンのバケツを提げて

何人かで取りに行くのだ

ストーブの中で燃えた石炭滓も

下の口を開けて掃き出し

それもバケツに入れて捨てに行く

子どもたちのことだから

灰を握って投げ合ったりもする

そうして先生に怒られたりする

 

こんなだったから

冬の教室は暖かくて

とにかく嬉しいところだった

暖かさがそのまま嬉しさで

この単純な価値観が貴重だった

こんな寒さ暖かさの中で

宮沢賢治なんかを読んだりすると

ぼくらにはよくわかったし

賢治の書く雪や寒さは

遠くもなく昔でもなく

そのままぼくらのもののようだった

こんな子ども時代だったのだ

ぼくらの小さかった頃はまだ




きさまがるす

 

幼稚園に入ると

てかてかに塗られた

お道具箱という木箱があって

そこには白い太い字で

するがまさき

と書かれてあった

 

迷子になった時なんかに

じぶんの名前を言えるようにと

するがまさき

するがまさき

と小さい頃から

覚え込まされていたけれど

文字で見せられたのは

たぶんはじめてで

するがまさき

するがまさき

と発音しながら

まるで他人のように

まるでべつの生き物のように

なんどもなんども見つめた

 

そのうち逆から

きさまがるす

とも読んでみるようになって

なんだか

ずいぶんドスの効いた

怪獣もどきみたいだと思ったが

きさまがるす

きさまがるす

とくり返しているうちに

じぶんのべつの顔のように感じてきて

こいつ無視できないな

などと思って文字を見る

 

ガメラのライバルの

ギャオスが登場した時には

じぶんのほうが先に地上に来ていたぜ

などと思ったりした

キサマガルス

とカタカナで書いて

想像のなかでギャオスに対抗したり

三菱の自動車ギャランができた時には

キサマギャラン

なんて言い換えて

自転車を自動車っぽく乗りまわしたりした

 

貴様が留守

なんて

漢字で思い浮かべるようになったのは

だいぶ後になってから

小学校高学年の

受験用の漢字のドリルを

さんざんやらされるようになってから




さては「っ」にあるのかな

 

母方のおばあちゃんは

ポケットのことを

ポッケットというので

おばあちゃん

へんなふうに言うなあ

と思っていた

 

ぼくはまさきという名だけど

おばあちゃんは

まさきちゃん

と呼べないで

まるでポッケットみたいに

まさきっちゃん

と呼んだ

 

江戸っ子の家に

福島から嫁に来たおばあちゃんは

おじいちゃんの家では

唯一の田舎者で

娘であるぼくの母や叔母たちからさえ

お母さんは田舎もんだから

と言われ続けだった

 

母親が田舎もんで

その娘たちが田舎もんじゃない

というのが

田舎もんじゃない娘から生まれた

孫のぼくから見ても

なんだか

かなりヘンだった

 

母たちはポッケットとは言わないし

まさきっちゃんとも呼ばない

おばあちゃんはポッケットというし

まさきっちゃんと呼ぶ

田舎もんっぽさは

さては「っ」にあるのかな

と子どものぼくは訝ったものだった





2020年11月12日木曜日

民主主義ブルース

  

日本のマスメディアの報道があからさまに売田贔屓をしている

自国にもごそごそいる虎麩売田の暗部も追及せずに

特高顔の国会モゴモゴ首相も売田に大統領就任前祝いをしたらしい

この男は陰湿なワルなので政界の鶴屋南北劇での活躍を期待してはいるが

虎麩を大統領に就けて支えてきた網の目の恐さへの認識不足がある

 

虎麩売田を対峙させて混乱と停滞を生じさせ

大量の注意力と労力をアメリカ国内で消費させている演出家たちの

本当の狙いはなにか

諸外国や諸勢力の深層心理を引き出そうとするためか

マネーの流れにさらに変化球を増やすためのドラマ作りか

 

いずれにしても虎麩売田は裏で手を握って同じ脚本で演じている

仮に双方が役柄を入れ替わっても過不足なく代役を務められるはず

所属事務所も稽古場も同じ虎麩売田のセリフをすらすらしゃべれるし

売田虎麩の所作ぐらい難なくこなせる

さすがに売田には虎麩のゴルフの腕は披露できないかもしれないが

 

叔母麻が手足をもがれて画餅に帰した社会主義政策を

さらに煌びやかにして売田がスーパーのチラシよろしく大書しているが

もちろん民衆には嬉しいロシア革命宣伝文句のような惹句で

実現可能性を考えなければ売田政策のほうがいいに決まっている

しかし叔母麻以上にすぐに手足をもがれそうな売田ではないか

 

過阿多阿が大統領になった時に学生ながらに小遣いで彼の本を買っ

あのアメリカがこれから変わろうとするのだ!

と胸を熱くした幼い未熟な青二才政治観の時代が長く心に続いて

冷眼にがっかりし栗豚に期待し叔母麻に期待したものだが

どれもこれもが大がかりな青島幸男に終わってしまったものだ

 

性懲りもなく民衆を騙し騙し騙し騙して

どうせ私をだますなら死ぬまでだまして欲しかった*

最後には呟かせる胴元たちの手つきはこの頃あまりに露骨で

昔の私と同じように幼い未熟な青二才政治観に留まっている人たち

売田になったらまるでなにかが変わるかのようにはしゃいでいる

 

ナポレオン時代に大流行作家となり外交デビューし

ルイ18世治下にイギリス大使ベルリン大使と首相を務めた

シャトーブリアンは1848年の2月革命勃発を聞いて

「革命でなにが変わるというのですか?」と言ったが

この嘆息を聞かなかった後世がロシアや中国の革命を起こしていく

 

売田の掲げる惹句が約1年半で反古になり切るのに賭けようか?

惹句に引き寄せられた死せる魂たちが野垂れ死んでいく四年間が来る

今際のきわには「どうせ私をだますなら死ぬまでだまして欲しかった。

赤いルビーの指輪に秘めたあの日の夢もガラス玉。

割れて砕けた東京ブルース」ならぬ民主主義ブルースや社会主義ブルース

 

 

 

*西田佐知子「東京ブルース」(水木かおる作詞)

https://www.youtube.com/watch?v=U7saGN42Okw






2020年11月11日水曜日

信じられないな

 

生きていたようだったのに

死んでしまって

もう

おしゃべりもできなくなった人たちを

たくさん見てきた

 

あの人たちが

どれほど生き生きしていたか

どれほど肉が体に満ち

体温が熱いほどだったか

目の前によく見つめてきたので

 

信じられないな

まったく

思う

 

生きているとか

生きているようだとか

生き生きしているとか

 

信じられないな

まったく

思う




透明ガラスの球体のなかのこの小世界は

 

 

いろいろな苔が

透明ガラスの球体のなかの土に植えられていて

その中には小世界があるように見える

 

そんな贈り物をもらったのだが

環境を維持するのには

これが

なかなか大変で

苔はすぐに乾いて

黒っぽくなりはじめるし

水を噴霧器でやるにも

どのくらいやればいいのか

程度がわからない

 

いっそのこと

と思って

コップでザブッと水を入れてみると

なかはザブザブになったが

案外とちょうどよかったりする

 

それでも

水を入れすぎたかな

と思って

ティッシュで水を吸い取ったりする

 

説明書には

苔の色が悪くなったり

黒っぽくなったりしても

べつに心配はいらないそうで

土が乾いたりしても

それで苔が死ぬわけでもないそうだが

塩梅というのが

なかなかわからず

毎日どこか不安げに見つめる

 

そうしているうちに

わかったのだ

 

透明ガラスの球体のなかの

この小世界は

まさに

世界そのものなのだな

まさに

こころそのものなのだな




わずか1ミリでも1センチでも

 

うつくしい街や

海浜や

高原に旅したときでさえ

投宿したじぶんの部屋の窓からの眺めと

となりの部屋の

べつの方向へと開かれた窓からの眺めでは

まったく異なる

まったく異なる美や

楽しみがある

 

だから

見られるかぎりは

インターネット上に他人があげている写真を見る

さまざまな雑誌や写真集に載っている写真を見る

 

わずか1ミリでも

1センチでも

じぶんの地上滞在のあいだの視野を広げて

持ち去っていくために

 

わずか1ミリでも

1センチでも





2020年11月9日月曜日

たぶん、水都ゆららはプールに戻らない 5

5 一段一段世界が変質していくのが階段ではないかと桜田弘は思う

 


梶田不動産の桜田弘は間取り図を持ってきていたので、白崎の家の居間に立ちながらそれを開き、警官の戸田直之に見せた。

ふつうの一戸建てによくありそうな間取りで、変わったところは特にない。

居間といっても六畳ほど。二畳ほどのキッチンといっしょになっているので、少し広く見えるが、四人用ほどの大きさの丸いテーブルが中央に置かれ、わきに小さなソファが置かれているだけで、もういっぱいに見える。

しかし、それだけしかない。

他にはなにもない。

居間なら、どこの家にも置かれていそうなもの、テレビやステレオや書棚や、他の小物を入れるためのラックなどが、まったくない。

庭に面した壁によく付けられていそうなエアコンもない。

テーブルには、しかし、厚めの赤い布地のテーブルクロスが掛けられ、その中央にはさらに、金色の丸い布が置かれていて、魔法円のようなものが黒で描かれていた。

赤いテーブルクロス、という雑な見方をしたが、この赤はなんというのだろう、と桜田は思った。ワインレッドというやつだろうか。もう少し発色がいいようにもみえるが… なにか、もっとふさわしい色名が頭に浮かんでこないかと、意識の中を少しさまよってみたが、もともと自分の頭の中には多様な色名が蓄えられているわけでもないのを知っているので、後で色彩事典でも見てみようと思い、諦めた。

金色の丸い布や、そこに描かれた円形には、なぜか、思わず触れてみたくなるような雰囲気があった。桜田は、無意識に指を伸ばしていた。

「あ、触らないでください」

 戸田直之が制止した。

「問題はなさそうですが、一応、それも調べることになるかもしれないので」

 桜田は手を戻し、無意識に触れようとしてしまっていたことに、あらためて、じぶんで驚いた。

「二階を見てきてもいいですか?」 

物件を管理する不動産屋として、と言い加えようと思ったが、戸田はすぐに、

「ええ、どうぞ。二階は、もっと、なんにもないですけれどね」

 そう言って、居間のドアのほうに手のひらを向けた。

 それまで黙って、桜田のわきで居間やキッチンを眺めていた島田一郎も、

「あの…、私も二階を見させていただいてよろしいですか」

 と戸田に聞いた。白崎がどんな家に住んでいたのか、この機会によく見ておきたいと思ったからで、野次馬根性のようで恥ずかしい気もしたが、この機会を逸すれば二度とここには入れないだろうから、という思いがあった。

「ええ、どうぞ。本当に、なんにもないんですけれどね」

 戸田はそう答えると、ふたりが廊下に出るに任せた。警官でないふたりを自由に二階に上らせても、なんの問題もないのを確信しているようだった。

 廊下には、居間からもキッチンからも出られるようになっている。

 桜田と島田は居間のドアから出た。

廊下の奥の突き当たりにドアが見える。見ただけでは、トイレか、浴室か、クローゼットかわからないが、間取り図から、クローゼットだとわかる。

トイレと浴室は、廊下に沿って左側に作られている。

トイレの前を通った時、桜田は少し寒気を感じた。

すぐ隣りの浴室の前を通った時には、なにも感じなかった。

クロ―ゼットのすぐわき、やはり左に、二階に上がる階段がある。トイレの上を上っていくかたちになっているらしい。

桜田は、クローゼットの引き戸を開けてみた。二畳ほどの広さの物置きだが、なにも置かれていない。まるで掃除をしたばかりのように、埃さえもなかった。もちろん、最近まで家族が住んでいたはずだとすれば、異常な光景である。

階段を上がりかけながら、桜田は、後ろに付いてきた島田の顔を見た。

「なにもないですねえ、ここにも」

そう言う島田を見ながら、島田もトイレの前を通りながら、寒気を感じなかっただろうかと、聞きたくなった。

だが、聞かなかった。

階段も、掃除をしたばかりのように埃ひとつなく、きれいな状態だった。

一段一段上がりながら、桜田は、階段を上がるというのはなにか不思議なものだ、と思った。一段一段上がりながら、じつは一段一段世界が変質していくものなのではないか、階段とはそういうものだったのではないか、と思った。そう思いながら、ヘンなことを今のじぶんは考えているな、と思った。