浜辺には
もう
なにも寄せてこなくなった
くりかえし
波ばかりは寄せるが
宝とは
感じられない
遠くに
船も見えない日
それでも
水平線に目をこらし
ぼくらはなにを待ったのだろう
うつくしい貝がらの
ひとつ
ふたつ
握りしめて
砂だけはしっかり
足あとをとどめてくれるかと
あさく信じて
風はかわりつづけ
ときには止み
日はめぐる
らせんのかたちの
大きな装置のように
わずかな違いを
ひそやかに
あからさまに
刻みながら
そうして
捨てられていく
ぼくら
なによりも
ぼくら自身の舟
とりかえしのつかぬ
この肉体によって
ここに湧く
こころの霧の
うつろいによっても
ひとつの波の
ようでもあったぼくらか
平らだった水面が
もりあがり
さらにもりあがり
極まったと見るまに
くずれ出して
ふたたび平らになっていく
天のみえない爪に
抉りとられるように
ふかくおそろしい底が
口をあけさえする
どうして波に生まれ
どうして消えていくのか
寄せつづけるこれら
ひとつひとつの波は知らず
ぼくらも知らない
くずれて
くずれきって
レース織りのように浜に寄せ
ぷつぷつと泡だって
失せる
くりかえし寄せる
繊細なこれら
やさしい
やわらかな死を
数かぎりなく迎えながら
うつくしい貝がらの
ひとつ
ふたつ
握りしめて
砂だけはしっかり
足あとをとどめてくれるかと
あさく信じて
ひとり
ひとり
くずれのほうへ
繊細な
やさしい
やわらかな
レース織りのように
寄せていく
ぼくら
浜のほうへと
ぼくらも
(『ぽ』305号・2008年8月)
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