2010年9月30日木曜日

浜のほうへと ぼくらも

浜辺には
もう
なにも寄せてこなくなった
くりかえし
波ばかりは寄せるが
宝とは
感じられない

遠くに
船も見えない日
それでも
水平線に目をこらし
ぼくらはなにを待ったのだろう
うつくしい貝がらの
ひとつ
ふたつ
握りしめて
砂だけはしっかり
足あとをとどめてくれるかと
あさく信じて

風はかわりつづけ
ときには止み
日はめぐる
らせんのかたちの
大きな装置のように
わずかな違いを
ひそやかに
あからさまに
刻みながら
そうして
捨てられていく
ぼくら
なによりも
ぼくら自身の舟
とりかえしのつかぬ
この肉体によって
ここに湧く
こころの霧の
うつろいによっても

ひとつの波の
ようでもあったぼくらか
平らだった水面が
もりあがり
さらにもりあがり
極まったと見るまに
くずれ出して
ふたたび平らになっていく
天のみえない爪に
抉りとられるように
ふかくおそろしい底が
口をあけさえする

どうして波に生まれ
どうして消えていくのか
寄せつづけるこれら
ひとつひとつの波は知らず
ぼくらも知らない
くずれて
くずれきって
レース織りのように浜に寄せ
ぷつぷつと泡だって
失せる
くりかえし寄せる
繊細なこれら
やさしい
やわらかな死を
数かぎりなく迎えながら
うつくしい貝がらの
ひとつ
ふたつ
握りしめて
砂だけはしっかり
足あとをとどめてくれるかと
あさく信じて

ひとり
ひとり
くずれのほうへ
繊細な
やさしい
やわらかな
レース織りのように
寄せていく
ぼくら
浜のほうへと
ぼくらも
  
(『ぽ』305号・2008年8月)

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