前には物事を合理的に説明し去ろうとしていたのに、
今はいとも異常な信じがたい驚異を信じかけていた。
H.P.ラヴクラフト『闇にささやくもの』(南條竹則訳)
十代で絶望ははじまり
二十代ではなんとか抗おうとしたものの
その後は希望のキの字さえ失せて
絶望という岩盤の上で露命を繋いできたに過ぎない
疲れを知らぬ全領域の書籍を対象とした読書量と
縦横に融通無碍に使用可能な記憶形成のための内的整理法と
あたかも創造と見紛うような知的編集力とについての
這い上がりようもないほどの絶望である
汚濁のこの世を見つめる価値があるかどうかはひとまず措くとして
もしヘーゲルやバルザックやアクイナスや
アリストテレスらのような総合と全体の知を意識内に作り
そのレンズを通してモンテーニュのように見聞き考えようとするな
周囲の諸テーマに対応すべく言語や概念や表象の使用をし続けるか
一日に数千から数万ページの読書量は必要不可欠となるのだが
衣食住に加えて神経や筋肉や内臓の疲労に襲われ続ける生体保持期
とてもではないが日々のこの情報摂取作業は維持できない
中年期に入ると人間は書籍からの大量情報取得のこの義務を放棄し
それでも言語や概念や表象に未練のある者たちは
詩歌やせいぜい300頁程度までの中編小説や
論理的突き詰めを欠いた数千字程度の雑文を書き汚したりして
論説文を読むにしても本当の論文でなく短い概説書や新書の類に留
本文から派生する注釈の奥の奥へと数ヶ月も数年も探索し続けて
地引き網に掛かる意想外のテーマや領域や問題群に関するいっそう
大量の書籍や資料の類を買い集める熱意も体力も失っていってしま
この残酷な衰弱と崩壊過程にそれでも抗おうとしながら周囲を見る
同年代の者たちやその前後の年齢の者たちはそろそろ飽満系の美食
ヘルシーだのライトだのヴィーガンだのに移り真新しいシャツな
最新流行の指南はすでに娘たちや孫娘たちに任せて悠々自適してい
おお! なんたる悲劇! 日常化されたなんたる絶望!
ふと反省し直せばマルクスのヘーゲル批判が内蔵する重大な過失を
ヘーゲル側から十分にメタ批判して我が物にもできていない社会科
各種の素粒子論の数式も読み解けない科学知で朽ちていこうとする