2013年5月5日日曜日

大井町駅




大井町駅のホームにいた。
電車を待っていた。

しろうとバリカンされた頭の
酔っぱらいが来て、「とおきょお、
こっちか?」

こっち。

焼酎で酔ったそうだが
あとは
ことばが純粋にことばだ。
かけまわっている。
纏綿。

たはは。
シュールレアリズムなんて
焼酎でできる。

この男のために
待機し続けていたことば。
おやじ。
酔っぱらい。
時来る、だな。

とおきょお行きを教えて
しばらく喋りにつきあって、「んん、
あんた、ゑゑひと。ほんとの
ことだよ。あんた、
ゑゑひと。ほんと、そう思うから、
言ってんだ。
あんた、ゑゑひと」

拝聴つかまつる。

よれよれズボンの
焼酎おやじ。
寒山拾得のたとえ。
神はきょう
かかる姿で顕現なさり
いましばし
生きよとわれを
励まし給う。
















紫宣言



とんちゃん、
まだまだタンポポですよ~だ。
よもぎだなって
よくもいったわね。

とんちゃん、
あすは高層ビルです。
きっときっと
紫です。





(ね、ミネコちゃん…




スマホは飽きる
タブレットは飽きる

飽きたので
ミネコちゃんにあげちゃった
ミネコちゃん飽きるかな
飽きたら
三郎くんにあげちゃえば?
言っておいたから
大丈夫かな

今日の午後の天気や
電車の接続や運行状況や
どこで地震があって
震度いくつだったとか
最新のニュースが
ああだとか
こうだとか
すぐには返事したくないメールが
じゃんじゃん届くし
いま返信しようか
あとにしようか
そんな選択もいつも
せまられるし
おもしろい光景があると
写真撮っとこうかな
なんて
またまた忙しくなるし
文書できましたけど
ちょっと校正してもらえます?
なんて
東京タワーの夜景の近くで
届きやがるし

そういうのに
いちはやく
飽きてしまいました

あれこれ
充電しなきゃと
気をつかうのにも
ムカついていたんです
バッテリーが
夜まで保つかな?
なんて心配にも
うんざりだったんです

あゝ
スマホは飽きる
タブレットは飽きる

ミネコちゃんにあげる前は
トイレの隅に
しばらく置いていました
メールチェックは
トイレがいい
天気予報を見るのも
地震のしらせを見るのも
facebookを4秒以内で
トゥル~ッと見るのも
トイレがいい

ミネコちゃんには
ナイショ
きっと
枕元にまで置いて
肌身離さず
使うだろうから

(ね、ミネコちゃん…



2013年5月3日金曜日

最後の仲間をさがしに





            心の友は稀なるものなり
                              葉隠




ひとになにか通じると信じて
書き継いでいるように
まだ見えるのか
わたしが

それをうかがわせる短信が来たが
返すことばもなく
日当たりのいい
きょうのヴェランダを眺める

バラがたくさん蕾をつけて
なだれるように
いっせいに
開花する少し前

これからはじまるものの
いきおいある庭や
ヴェランダをまだ持っている
よろこび 

ほかのよろこびなど
もうないけれど
なににもまさる
過分のこのよろこび

ひとと通じようなど
思わなくなった人たちとなら
出会うよろこびも
あるのだろうか まだ
 
だれにも伝えるべきこともなく
だれからもなにも望まない
人びとは移ろう風景
いいも悪いもなくたゞ移ろう

生れてしばらく肉を生きて
肉の崩壊に向かっていくだけ
悪くなろうがよくなろうが
世の中はめぐり続ける

金、安楽、慰安と思い出
人びとはそれらをめぐり続け
しあわせだったの不幸だったのと
絶えもせぬおしゃべり

しゃべり続ける人びとが逝っても
もう少し若い体を持つ他の人びとが
すぐにひきついでおしゃべり
賑わいとか文化とかそれは呼ばれ

街の広場のあのカフェに
あるいはあの別のカフェに
コーヒーの香りをともなって
坐りに行こうか 夕ぐれ

おしゃべりする人びとにまじって
しないで坐っているわずかの人びと
夕べの色が沁み上がってくるのを
黙って見ている最後の仲間をさがしに




2013年5月2日木曜日

ないんだからね



  
壁に
ぴったりつけた鏡

きっと
橋になり
女の子がふたり生まれ
ガムを噛んで
分厚い本を
まいにち図書館で読みつづけ
記憶の
奥の奥の
とある日のそよ風に
ふたたび
吹かれ

すべては自分で選んでいるだけのこと

あれも
これも
大好きだったんでしょ?

きみ

見続けていくよ
ぼくは
壁などでなく
鏡でも
ないんだからね



クオヴァディス、ドミネ?



 
Quo vadis, Domine?

とあったので
びっくり

背のいたく曲がった
小さなお婆さん
下げていた布の買い物バッグに
Quo vadis, Domine?
よろよろ歩く
揺れのまゝ
ふにゃふにゃ歪む
Quo vadis, Domine?

…クオヴァディス、ドミネ?
…クオヴァディス、ドミネ?

〈主よ、いずこにか行きたまふ?

…そんな意味だったか
迫害を逃れてローマを離れようとするペテロの前に
光りに包まれたイエスがふいに現われる
そこでペテロの放ったことば
Quo vadis, Domine?

〈汝、我が民を見捨てなば、我、ローマに行きて今一度十字架にかからん

イエスはこう答えたというのだが
分け隔てない弟子にむけて
なんだか微妙に距離感のある言いかた
なんだか迂回している
まだるっこしい

〈ローマのキリスト教徒を見捨てるな
〈あそこで殉教せよ
〈おまえが殺されないとキリスト教はちゃんと始まらないんだ
〈最初の法王になるんだから立派に死んでおくれ

そこまで言わなくてもいいが

〈逃げずに
〈死ぬ時はちゃんと死ね
〈わたしの弟子だろ?

とでもダイレクトに言ったらいい
イエスも
十字架刑で肉体を捨てた後なのだし

〈おまえも死ね
〈大丈夫だぞ
〈ちょっと痛いがナ
〈なにしろ永遠の命が得られるんだから

ぐらいには
ハッキリ言ってもらいたいだろう
弟子の身になれば

にもかかわらず
〈汝、我が民を見捨てなば、我、ローマに行きて今一度十字架にかからん
なのだ

〈そうですか、主よ
〈すでに亡くなっておられるんですから
〈ローマでも十字架にかかってくだされば
〈主はふたたび亡くなるわけでもないし
〈他の者が死ぬことにもならないし
〈いろいろとうまくいくと思いますが、どうでしょうかね

こんなふうに持ちかけたら
どうだっただろう?

…などと思って
2013年のマーケットの前に
ボーッと立っているうちに
小さなお婆さん
どこへともしれず去り
Quo vadis, Domine?
ならぬ
Quo vadis, Baba?
というお話


                                 

2013年5月1日水曜日

芽吹き





いらない歴史

あたらしいものに
なろうと
いうのでもなく
脱ぎ落とす
古肌

芽吹きへの
信頼
それだけを
みずみずしく
洗い直し

どこにも
移らないけれど
投げる言葉

世は
耳もとの
気の
遠い
とおい
虫の音のような
ながれ

もっと
それを聞く

芽吹きとして
守りなき
信頼として