2024年2月27日火曜日

それで済むのならば


  

それで済むのならば

きれいなことや

そこはかとなく淡い

やさしい夢のお菓子や

あたたかくて楽しい

ティーパーティーのようなことばかり

言ったり

書いたりして

ことばとはつき合っていきたい

 

それで済むのならば

 

それだけでいいのならば





このため

  


じぶんに与えられているのか

それとも

じぶんがそこに寄生しているだけなのか

 

時間と空間と

さらに

身心のちからというものを

真摯に見極めながら生きようとすると

生は

非常に扱いづらいものになる

 

どうしてか?

とまわりを見まわしてみると

周囲にあるものは

みな

過去ばかり

 

さまざまなものがあり

道具があり

物品があり

家具があり

機械があり

書物があり

工芸があり

芸術があり

 

しかし

どれも過去でしかない

 

過去に作られたものであり

しかも

作った者の念がかたちを成している

 

それらの

なんという重さ!

なんというしがらみ!

なんという憑依!

 

じぶんなるものの中にも

思念があり

感情の種があり

古い鋳型からのみ出てくる夢や

計画や

計算がある

 

これらの

なんという縛り!

鉄鎖のような重さ!

ひたすら「いま」の自由を奪おうとするばかりの

重く暗い強圧さ!

 

いま

すでに生きてなど

いない

と言いたくなるのは

このため

 

たったの一度も

生きたことなどなかった!

と言いたくなるのは

このため





いるようでもじつはまったくいない


 

 

 

言語は情報的でも伝達的でもなく、情報の伝達ではない。

こういったこととまったく違って、一つの言表から他の言表への、

またそれぞれの言表の内部での、指令語の伝播なのだ。

一つの言表は一つの行為を実現し、

行為は言表において実現されるからである。

ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ「言語学の公準」

in『千のプラトー 資本主義と分裂症』

 

 

 

 

ふと

気づき直してみれば

街で見えるひとびとは

みな

幽霊とおなじ

 

ひとに見えても

それぞれのべつの世界を

動きまわっているだけ

這いまわっているだけ

 

かりに

ちょっと言葉を

かわすことになっても

こちらにピンと来るような

おしゃべり相手にはならないし

納得のいくような考えの

やりとりもしない

 

人間ならこうあるべきだ

とこちらが思い込んでいるような

感情のそれなりの動きかたを

ぶつけあわせもしなければ

感情どうしを

味わいぶかく沿わせようとも

しない

 

いるも

いないも

おなじ

 

いるようでも

じつは

まったく

いない

 

見える人体が

じぶんとおなじ人間なのだ

と思うことこそ

むしろ

大きなあやまり

 

むこうから見ても

やはり

わたしは

幽霊とおなじ

 

いるも

いないも

おなじ

 

いるようでも

じつは

まったく

いない

 

だとすれば

いると思い込んできた

人間なんて

すくなくとも

ここら

そこらの街あたりなどでは

どこにもいない

 

なんとなく

人間がいっぱいいて

どこにでもいて

そんななかで

人間どうしの軋轢などが

問題であるように

思い込んできたものだが

まちがっていた

 

人体という乗り物に共通した

故障のしかたや

運転のしかたというものは

あるし

人心という装置に共通した

操縦のしかたや

故障のしかたというものも

ある

 

しかし

人体や人心のなかには

じつは

人間なんて

乗っていなかった

 

イメージや映像の海や

単語や文法の海が

もやもやした

見えないかたまりとなって

蠢いてはいるとしても

それだけのことで

人間なんて

どこにもいなかった

たったのひとりも

いなかった

 





2024年2月26日月曜日

権力先兵、末端兵器


 

 

私は若者たちが好きではない。

  フランソワーズ・サガン 『悲しみよ、こんにちは』

 

Je n’aime pas la jeunesse.

   Françoise Sagan « Bonjour,Tristesse »

 

 

 

 


単語を並べた文書は

数字や記号を並べたもの同様に

暗号伝達にも使えれば

暗号解読のキーの埋め込み場所としても使える

複数の文書を使用して

立体的な暗号構造も容易に作れるし

解読にかなり手間のかかる暗号解読キーも作れる

 

日常言語や

多義性を極力配することで成り立つ単構造論理言語の

科学用言説では

解読に困難な暗号を作る際には

すぐに限界がきてしまうので

多義性をフルに活用し

日常的思考の論理や科学的思考の論理を大きく逸脱した

曖昧と奇矯と錯乱と遊戯とナンセンスをたっぷり含ませた文書こそ

暗号伝達にはもってこいの文書となる

 

以前に

シュールレアリスムの研究者に

ふつうの日常的感性や思考では意味のわかりづらい

シュールレアリスム文献は

もちろん暗号伝達や解読用のシートとして作られたんですよ

アンドレ・ブルトンなんかガチに革命的な共産党員だったでしょ?

と喋ったら

驚いて

度肝を抜かれていた

 

文学研究者などというのは

潜在意識の考究と

その言語化

という毒にも薬にもならない観点だけで

シュールレアリスムを見る

という陥穽に嵌まり込んでいるのだ

バカじゃなかろうか?

ホントに?

 

若くて

バカな文系人間というのは

何ごとにも

裏には政治や経済や権力闘争や他者支配への熾烈な欲望があって

ただそれだけで

人間や社会や世界は動いているということが

わからない

 

バカというのは

無意識に権力に奉仕する

ただの末端兵器にすぎない

 

くだらないんだよ

文学も

芸術も

バカな若者が夢見るような人類のアバンギャルド楽園ではなく

当座の

つかのまの

権力先兵であるにすぎない

そこそこキャンペーンが達成されると

次には

レア物件として

富裕層の金儲け用のアイテムに

落とし込まれるだけ

 

巨万の富を動かす権力に利用されたくなければ

社会に対しては

大事なことはないも披瀝せず

なにも為さず

なにも作らず

すべてをわたくしして

じぶんの意識のなかだけに隠して

何者でもないように去っていくことだ

なにか残せば

かならず悪用される

かならず誰かの富のために利用される

 

ダイナマイトも

発明後は

ほれ

あの通り


素粒子論も

発想後は

ほれ

あの通り

 

多様なかたちの権力論を考察した

フーコーも

出版されて知られ渡ると

それを利用するのは

権力の側







凸記憶、熱帯魚屋!

 

 

 

おお! みずからを誤解した若き日の憧れよ!

わたしが憧れて求めた者たち

わたしが自分の血縁と思い、

自分とともに変わってゆくと思い込んでいた者たちも

彼らは年老いた、老いた彼らを追いやってしまったのだ。

わたしの血縁として残ったのは、変わってゆく者だけだった。*

ニーチェ 『善悪の彼岸』

 

 

 

 

若い頃には

日々

おもしろくもないような

くり返しのなかで

なぜか

記憶に鮮烈に残り続けていく瞬間が

ある

 

何年も経って

何十年も経って

そうした瞬間が

くっきりと

記憶のなかの凸として

際立ってくる

 

ほかの瞬間の記憶も

おぼろげになっているわけでも

ないのだが

まずは

凸記憶がはじめに蘇り

そこから

意識が山のふもとへ降りていくように

ほかの記憶も

忘れられてなどいないのが

わかってくる

現像され直してくる

 

池の上に住んでいた頃

思い出されること

思い出されるべきことは

いっぱいあるのに

なぜか

北沢1丁目33番の踏切近くの

熱帯魚屋が

真っ先に思い出されてくる

 

店に入ったことは一度もないので

正確には

その熱帯魚屋の前を

歩いて行く時のことが思い出される

というべきか

 

当時の池の上には

ろくなスーパーがなかったので

日用品の買い物をするには

下北沢まで15分ほど歩き

北西側の駅前にあった富士銀行わきのピーコックや

南西側にあった忠実屋を使う

日本では見つけるのが困難だった

フランス風パンや

ドイツ風パンを買うのは

北沢2丁目26にあったナチュラルハウスでだった

茶沢通りに出る商店街のなかの

北沢2丁目12あたりにあったサン=ジェルマンでも

当時は良質のパン・コンプレが買えた

 

日用品の買い物というのは

いつものことだが

予定していた以上にいっぱい買ってしまい

重いレジ袋を下げて

うんざりしながら

帰ってくることになる

 

春や秋の好日ならいいが

真夏の猛暑の昼など

下北沢から池の上に歩くのは

難儀だった

茶沢通りを渡って

北沢1丁目38番のほうに入ると

道は急坂となり

「池の上」という名前の地域よりも

「下北沢」がどれだけ深く低地にあるか

足腰で実感させられることになる

真冬に大雪が降ると

この急坂は凍った坂になるので

上るのも下るのも大変だった

若かったので

そんなことのすべても

面白かったけれども

 

「池の上」はかつて水辺の低地だったのか

と思っていたが

むしろ「下北沢」のほうが昔は池のようになっていて

そこよりも高台で「上」だから

「池の上」という名が

つけられたのかもしれない

「北沢」とか「代沢」とか

地区名には「沢」が付いていたので

水気の多い土地には違いなかったのだろうが

それでも

「北沢」や「代沢」には

立派な家が多かったので

いくらかは高台だったのだろう

 

下北沢でたくさん買い物をして

茶沢通りを渡って

「北沢」と「代沢」のあいだの急坂を上って行くと

坂を登り切るあたりに

大谷石を組み上げた土台の上に聳えるお屋敷があって

「辻瑆」と表札があった

画家「辻永」の子息で

カフカに特に詳しいドイツ文学者で

東大教授だった「辻瑆」の家と見えた

このひとの兄は「辻昶」で

フランス文学者であり

ヴィクトル・ユゴーを専門としていたが

広範囲の翻訳もあって

シャトーブリアンの『アタラ』や『ルネ』の名訳もある

大谷石を組み上げたわきを通るたびに

こんなお屋敷には一生住めないだろうな

などと思いながら

北沢2丁目34から左に曲がると

井の頭線の線路を渡る踏切が見えてくるが

その道の右側

代沢2丁目44のところに

件の熱帯魚屋はあった

 

買った品物を詰めた重いレジ袋を

両手に提げ

急坂を上って

「辻瑆」のお屋敷を過ぎ

井の頭線の踏切のカンカンいう警笛が聞こえるあたりで

熱帯魚屋!

なの

だった

 

しかも

全身汗まみれになり

ほうぼうの木々から蝉の声が降り

不快指数極まるような

真夏の猛暑の昼などには!

 

この

熱帯魚屋!

の前を

通る際には

ワンパターンの

固定観念のように

カミュの『異邦人』の

「太陽がまぶしかったから…」が浮かび

ニーチェの『善悪の彼岸』の

結びの歌「高き峰々より」の

「おお、生の真昼よ!晴れやかな時よ!」*が浮かんだ

 

この

熱帯魚屋!

実体験し続けているさなかでも

将来

カミュやニーチェを思い出すように

ぼくは

この

熱帯魚屋!

凸記憶として

ことあるたびごとに

思い出し続けるのかもしれない

ぼくだけの

ワンパターンの

固定観念のように

 

まさに

ワンパターンの

固定観念として

 

そう!

思い出しているのだ!

 

いま

ぼくは

 

いまだに

ぼくは

 

池の上駅から西にふたつめの踏切の近くの

あの

熱帯魚屋!

を!

凸記憶として!

 

入ったこともない

熱帯魚屋!

を!

凸記憶として!

 

数えきれないほど

たくさん

その前を歩いて過ぎた

熱帯魚屋!

を!

凸記憶として!

 

凸記憶、熱帯魚屋!

 

凸記憶、熱帯魚屋!

 

凸記憶、熱帯魚屋!

 

凸記憶、熱帯魚屋!

 

 


 

 

*ニーチェ『善悪の彼岸』(中山元訳、光文社古典新訳文庫)