2011年9月17日土曜日

ことばがどういうものか それだけは知ってきていたから




   *

地方Yに住んでいた頃
遠い海外の地方Bで大きな戦争が起こり
世界中のニュースは毎日
その戦争で持ちきりだった

正確にいえば
それは戦争とも言えないような
一方的な攻撃
比較にもならない大きな武力を備えたPが
ほとんど武力を持たない隣国のQを制圧しようとしていた
Q国民はもともと
Pの広大な土地に住んでいたが
歴史上のある時
P民族は大挙してその土地に押しかけ
Q民族を荒れた不毛の土地に追いやった
そんな経緯があった

きのうは数百人
きょうは数十人
おとといはやはり数百人
そんな死傷者情報が届くなかで
ひどいことだ
ひどいことだ
ひどいことだ
地方Yの人々と話すたびに
ぼくは言い続けた
ひどいことだ
ひどいことだ
ひどいことだ

Yの人々はしかし
冷淡
というより
冷静
というか
さめていた
どんな漢字を当てればいいのか
迷う
冷めていたのか
醒めていたのか
覚めていたのか
それとも
褪めていたのか
人間として

外国のことなど関係ない
国連かなにかがどうにかすべきことだろ
だいたいQだって悪いんじゃないのか
人間なんてそんなものだろう
人はなにかで死ぬんだからしょうがないよ
前世での悪人が集まって生まれた場所じゃないのかね
ネガティヴなニュースなんて流すべきじゃないのよ
あなたなにかあの国と関係あるの

洩れもあるかもしれない
でも
あといくつかのパターンぐらいだろう
数え忘れたものがあるとしても
ともあれ
ここまでで
第一部は終わり


**

さて
第二部

ぼくは数年後
地方Yを離れて
べつの地方へと転勤になった
地方というより
大都会といったほうがいい
首都といってもいい
そんな別名を持っている地方も
あるだけのことだが

いつものような朝
出勤のために目覚め
きょうの天気予報を見ようと
テレビをつける
すると
大地震の報道
現場に入って四方を見まわすカメラ
起きて五時間以上後だというが
小さな火災
大きな火災
倒壊したビル
ぺしゃんこの住宅
高速道路から落ちそうな車
血が流れる道路
Yは完全な麻痺状態に陥っています
被害の程度は測り知れません
マイクに叫び続けるジャーナリスト

数日するうちに
警察も自衛隊も報道機関も
大災害の愕然とするような全貌を知るに至る
数キロにわたる巨大な地割れが起こり
地方Yの中心部は地の底へと落ち
その後
数時間で地割れは閉じてしまった
Yの郊外だけが地上に残り
一般的な大地震の様相を呈していたのだ
地の底にどれだけの人間が呑みこまれたのか
まだまだわからないが
Y中心部に午前二時頃にいた人間の数は
少なくとも十万人を超える
まさかそれがぜんぶ?
とにかく
県庁や市役所までもが
ぜんぶ消えてしまいましたからねえ
なんとも
なんとも

* * *

さて
第三部

ぼくはもちろん
言わなかった

Yのことなど関係ない
国かなにかがどうにかすべきことだろ
だいたいYだって悪いんじゃないのか
人間なんてそんなものだろう
人はなにかで死ぬんだからしょうがないよ
前世での悪人が集まって生まれた場所じゃないのかね
ネガティヴなニュースなんて流すべきじゃないのよ
あなたなにかあの地方と関係あるの

こういったパターン
口にはしなかった
なにも知らないぼくだけど
ことばがどういうものか
それだけは知ってきていたから

しかし
ぼくは言わなかった
ひどいことだ
ひどいことだ
ひどいことだ
地方というより
大都会といったほうがいい
首都といってもいい
そんな別名を持っている地方の
人々と話すたびに
ぼくは言わなかった
ひどいことだ
ひどいことだ
ひどいことだ

褪めていたのではない
見聞きして
語らぬことで
ひとは現象の反射鏡にもなれる
見聞きと
思いと
沈黙の
特別なバランスが要るけれども

ともあれ
地上の多くのYにむけて
ぼくは
ぼくらは
現象を反射した
現象を生じさせないためには
ぼくらのように
反射のすべを学ぶしかない

要るのは
見聞きと
思いと
沈黙の
特別なバランス

沈黙だけではいけない
沈黙は
現象を吸い寄せる
ことに
褪めた者たちの
沈黙は

できるかな
Yたち
見聞きと
思いと
沈黙の
特別なバランス

褪めることなしに

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