…存在とは違うものへと過越しをする、
存在するのとはべつのしかたで…
…レヴィナスはこんな表現をくり返しながら、哲学のある大著*を始めたものだったが、…
哲学のよき思弁がどれもそうであるように、これもよき詩弁のくり出し。思索はいつも、詩の先導によってしか道をたぐれないから、…
リトアニアのカウナスに生まれた彼は
ナチスによって親族の大多数を殺されたという
その著書の冒頭で、彼は
「国民社会主義によって虐殺された六百万人の者たち
そればかりか、信仰や国籍の如何にかかわらず、
他人に対する同じ憎悪、同じ反ユダヤ主義の犠牲になった数限りない人々
これらの犠牲者のうちでも、もっとも近しい者たちの思い出に」 **
こう書くことで、これら六百万人の者たち、数限りない人々、これら犠牲者…の
存在するのとはべつのしかたで…、
存在とは違うものへと過越しを…していったはずの、
六百万…の、…数限りない…、これら…の、存在とは違うものへ…の、
運動の軌跡を、
心に現像しようとしている…
存在するのか、しないのか、
存在か、不在か、
…そんな粗い対義語で扱われるばかりだったものを、
〈存在とは違うものへと過越しをする、存在するのとはべつのしかたで…〉と、
新しく、あらためて、言い変えながら…
〈わたくし〉〈たち〉にはなおも詩が欠け過ぎている!
やわらかい透明の鳴虫の触角のような、詩の細い、ほそおい、ぴんせっとが…
死のこと、
存在とは違うもの、…のこと、
それへと過越しをする…こと、
存在するのとはべつのしかたで…ということ、
…それらだけではなく、
いま、ここでのことも、
〈わたくし〉が、このように〈わたくし〉している〈これ〉も、
ほそおい、ぴんせっとが欠如しているものだから、
取り逃がしてしまっている!…
だから〈わたくし〉はまだ生まれてさえいない!海の…
と救いのようにひとこと投げ出し
この生前をともかくも進んでいこうと
する〈わたくし〉は居る!たとえ不明のままに意識のうちなるつきあいが終わろうとも
〈わたくし〉は居る!〈わたくし〉という自称をぎこちなく無責任に使いながら
それを櫂としてなおも〈海の…〉に漕ぎ出していこうとする
ほそおい、ひかりの流れの、ようなもの、よ…
*Emmanuel Lévinas : Autrement qu’être ou au-delà de l’essence, 1978
** Autrement qu’être ou au-delà de l’essenceの邦訳『存在の彼方へ』(合田正人訳、講談社学術文庫、1999)p.3