2015年5月31日日曜日

闇の散歩

  

散歩は好きではない
食べるのも飲むのも好きではないように
眠るのも座るのも立っているのも好きではないように
ただ身体を保つためにだけ歩く
ただ身体を保つためにだけ食べ飲み眠り座り立つように
ただ身体を保つためだけに社会に交わり人にも会うように

けれど
闇がほっとりと降りた夕方から夜
歩きに出るのは悪くない
ちょっと面倒な気もするが思い切って出てしまえば悪くない
闇は不思議なもので自分の身体の延長のように感じられる
精神はもともと境界を持たないから精神ももちろん同化する

たとえ街灯や家やビルの明かりで邪魔が入ろうとも
闇や薄闇の中を行くのは無限に拡大していく身体を持つ感覚
物はすべて闇によって日中の色や性状を曇らされ
まるで蝋化した死体の肌のようなぬっぺりした表面を晒す
これこそ物たちが本当のすがたに近づける時間
偽りをおおっぴらに振り撒き人心を惑わす太陽の衰える時

闇の散歩、闇の散歩、闇の散歩で心ははじめて安らぐ
まるでやわらかな良き水のなかに停戦地を与えられたように
どう言い包めようとも醜い戦いでしかない生は中断される
夜の散歩は不完全な模擬終戦に過ぎないとはいえ
肉体の中に心にはじめて入り込む聖なる“死の生”の爽やかさ
生きたまま死がここに清冽に生まれてくる陶然たる感覚



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