2014年11月24日月曜日

去りがたく感じた他人がいたことを




若いお父さんが
あれこれと本を見ている
そこに
駆けよって来ては
やけにいそがしい衛星のように
駆け離れていき
また
遠くから駆けよってくる
小さな小さな女の子

―今日は買うために来たんじゃないからね
―今日は買わないからね

お父さんに言われているけれど
絵本をとっかえひっかえ持って来ては
また戻しに行き
なんとも
その忙しいこと
少しも止まっていない

お父さんも根負けして
―じゃあ、一冊だけ買ってあげるから、選んで来なさい
―はーい。一冊選んでくる。

絵本の棚に走って行ったかと思うと
もう
戻ってくる
―選んできたぁ。

―はやいなあ。ちゃんと選んだの?
―ちゃんと選んだぁ。

これで一段落したかと思ったら
今度はお父さんのを探してあげると言う

―お父さんの本、ベンキョウの本?
―今日はちがうよ。家で読む本。
―家で読む本なの?古い本?
―今日は古い本じゃないの。
―じゃあ、探してきてあげる。今日は古くない本ね。家で読む本ね。

そう言って
さらに範囲をひろげて
書店じゅうを駆けまわりはじめる
あっちの棚を見
こっちの棚を見
―これがいいかな?こっちがいいかな?
ずいぶんな頑張りよう

時どき
本を持って行っては
―お父さん、見つけたよ。
―はい、ありがとう。でも、これじゃないんだよ。戻してきて。
―うん、わかった。これじゃないのか。…じゃあ、これかな?
―それも違うよ。戻してきて。
―うん、わかった。…じゃあ、これかな?

どこから
こんなエネルギーが出てくるのか
お父さんのところへ持って行っては
また持って帰り
持って行っては
持って帰り

そのたびに
―はい。
―わかった。
―うん。
―わかった。
いちいち
返事がはっきりしていて
とてもいい
店じゅうに響き渡っている

まだ
はじまって数年の
若い父と小さな小さな娘のこんな様子を
十五分ほど
たっぷり聞かせてもらって
楽しかったな

元気ないい子ですね
いい娘さんですね
声をかければ
よかったかもしれない

いい子だな
しみじみ思って
ほんとうに
去りがたく感じた他人がいたことを
告げれば
よかったかもしれない




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