一見すると
どこにでもいる金蠅や銀蠅のたぐいだし
黒いまるまると太った蠅も含まれるのだが
口をぽっかり開けて居眠りしていた男が
どこか高いところから落っこちた夢を見て目覚めた刹那
その間に口に入り込んでいた蠅を噛みつぶして
いままで味わったこともない美味と知ってしまったことから
蠅喰いは全世界で大ブームとなってしまった
それも干からびたものや火を通したものではだめで
生きている元気のいいやつでないと
あの絶妙な美味は味わえないときている
黒々と憎たらしい蠅も金や銀の甲冑を着たようなキラキラしたやつも
もちろん蠅である以上はジュクジュクとした内臓に
これでもかというほどのたくさんの黴菌を持っているので
生蠅喰いがどれほど危険かは言うまでもない
世界各国の保健衛生機関も行政も
生喰いの危険について口を酸っぱくして訴えているが
他のどんな食物をも凌駕するあの決定的な美味の前では
国籍や人種を問わずどんな人間も太刀打ちできない始末である
生蠅喰いをしてもなぜか病気にならない人たちもいて
それを示しながら生蠅喰いそのものは危険ではないし
蠅にはじつは病原菌など含まれていないと論文を書くような
もはや頭脳自体が絶世の美味の虜になってしまったかと
疑われるような学者たちも陸続と出て来る始末で
学会もマスコミも世論も混迷を極めている
とはいえ
あのふてぶてしいほど元気でまるまると太った蠅を
生きたままたくみに捕まえて
指でつまんで口に入れて
さあ!
さあ!
さあ!
プチッ!
ブチッ!
ブチュ!
とやって
ジュワァーッと
蠅肉汁が一気に口のなかに広がる時の得も言われぬ快感と来たら!
おお!
もちろんわたくしは生蠅喰いを称揚する!
いまさらわたくしが称揚しないでも
すでに多くの詩人や芸術家や文化人や教育者や政治家やマスコミ人が
たくさんの讃辞をこの奇跡の美味に対して表明しているわけだが
かれらのほとんどが蠅の病毒に冒されて世を去ってしまった今
なぜだか未だに生き長らえているわたくしが任を継がねばと思うのだ
そこで
プチッ!
ブチッ!
ブチュ!
蠅肉汁ジュワァーッ!
などと
とりあえずは書いてしまいたいのだが
もちろん
こんな書きようでは
あの高雅な至高の美味をとてもではないが表現しおおせない
これから
生蠅喰い賞讃の長い長い表現探求の旅に出ることになるのであろうな
と
ちょっと感慨深いのである
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