部屋の茂みの中、なおも戦慄を目覚めさせねばならぬ。
今日の窓の中、なおも小川たちを結ばねばならぬ。
(アンドレ・ブルトン『溶ける魚』)
年をとったら
心まで
当然年をとるものと
思っていたけど
五十も過ぎ
いつのまにやら
六十も半ば
ヒロシはようやく気がついた
心も
意識も
考えも
年はなかなかとりゃしない
どうやら三十そこそこで
老いばかりでなく
成長も
とまってしまった気がするな
ひとつ覚えのバカじゃなし
思いこんだら命がけと
いうほど一途なわけでもないが
十九で見染めたサヨコさん
いつかはこちらを振り向いて
くれると思って四十年
むこうは子もある
孫もある
夫はめでたく旅立って
そろそろこちらを振り向いて
くれると思って四十年
ところが秋の空のよう
女心はふらふらと
若いツバメに傾いて
なんと三十八才の
インストラクターつかまえて
サンバやタンゴ三昧で
サルサなんぞも加わって
疲れた時にはハワイアン
髪と髪との間が空いた
ヒロシがたまに顔出すと
アロハーなどと手を振って
ご親切にも迎えてくれる
ブルーハワイなど飲みながら
彼氏の腰の振り方の
いかにステキかいいキレか
さんざん聞かされオ・ルヴォワール
おれの感情教育は
切れ味のわるい包丁で
ぐだぐだ切られて
ぱさぱさと
乾いたショートケーキかな
ああ
にもかかわらず
内面の
心も意識も考えも
年はなかなかとりゃしない
どうやら三十そこそこで
老いばかりでなく
成長も
とまってしまって
独り者
額に皺よせ
眼鏡のふちを
キラッとつまんで
一家言
モノ申すのも
せいぜいが
五十幾つのお年まで
六十なかばを出たからは
もう棺桶にどう入る
介護のおばちゃん
おねえちゃんに
どう嫌がられずつき合うか
これこそ火急の課題なり
純愛だとか
魂の合一だとか
かんだとか
ボーッとのぼせた揚句の結語
そろそろ近づく頃合いで
うちに帰れば寂しき部屋に
小さな炊飯器が点り
山のようなる岩波文庫
掃除してない窓枠に
シミだのカビだのまだらに散って
精神一代これはこれで
さっぱりとしたかたちかな
四十、五十なら
新しいパソコン、スマホ
いいじゃな~い
しかし六十半ばになれば
新しい機械持つことが
ただそれだけでうら寂し
なにを見るにも
目はしょぼしょぼ
疲れて猫背になりやすく
足もそろそろもつれ出す
自分の部屋や風呂、トイレ
どこを見るにも最後には
ここで倒れて一巻の
終わりとなるか
はたまた外の
歩道の脇で行き倒れ
それとも
ドクトル・ジバゴのように
駅で心臓発作かと
あれこれ終焉図を思う
こんなアタマを持ったまま
長生きするのもまた悲惨
いったいどこへ
どのように
むかって行けば
老い募る独り者には
しかるべき生とはなるか
ならないか
考えるうち
腹が減り
とにかく
まずは
とりあえず
今日の夕飯食わねばと
思うあの店この店の
名はいつもどおり
オリジンや
吉野家
すき家
大戸屋、ガスト
それともセブンイレブンの
惣菜にでもしようかと
ああ今日はちがう
麺類が食べたいものだ
日高屋が
近くはないがあの角を
曲がれば確かあったよな
むむ、大通りには
ジョナサンもあったな
あそこのハンバーグ
なんとかキャンペーンとかで
このところ安かったかな
バーミヤンの
マーボ定食なんかより
安かったかな
とにかくも
とりあえず今は
あっち側の
あの角曲がり行ってみよう
まずは食わねば
この今のすきっ腹に
なんぞ詰め込まねばならぬ
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