階段の壁には20センチほどの幅で張り出した部分が延びており
先端はむこうの壁に接していて階段からは高すぎて届かない
近い手前の部分にはまだ手も届くから掃除も可能だが
50センチも離れれば長いモップでも掃除はしづらくなる
そのため階段の掃除はなされても張り出し部分は放っておかれる
こんな階段を毎日のように昇降していると気鬱になる
階段を下りるにつれ距離が広がる張り出し部分は埃だらけで
灰褐色の埃だまりが階段のわきに溜まり続けている
階段を下りていこうとする際にはその様子が見える
階段を昇ってくる時にも意識の中にその様子が見えている
その建物に入る時にはいつも心に層をなす埃が見えている
その建物へ外から向かう時も心に層をなす埃が見えている
そんな階段のあるビルに入っている塾や習い事に通ったこともある
そんな階段のあるビルに入っている職場に通いつづけたこともある
そんな階段のあるビルに入っている住まいに住んでいたこともある
高すぎて遠すぎてどうにも掃除の難しい階段の張り出し
しかも自分が掃除をすべき立場にいるわけでもなく
かといってビルの清掃担当者がそこだけはまったく手をつけないと ころ
そんな階段を生活の中に持ち続けていてどうしようもないつらさ
いやな感じ
そんな階段だけではなく他にも似たようなものがある
ここにも
そこにも
あそこにも
持ち続けていてどうしようもない
つらさ
いやな感じ
別れ話がうまくいかずに少年に刺されて死んだ娘の
住んでいた雑居ビルの映像をニュースで見たら
そんな階段のなかでもたっぷりとそんな要素の満ちた階段があって
刺された娘は毎日ここを昇降して暮らしていたのがわかった
階段の張り出しの埃や汚れをさんざん毎日見続け
心のなかにもさんざんそれを取り込み
この階段で刺されて階下まで転げ落ちて死んだ
いやな感じ
娘はとうとうあの階段や汚れた張り出しから逃れられずに
他のどこかではなくあの場所で刺されて死んだ
そういう短い人生だったんだね
とニュースの階段映像を見ながら
刺されて死んでしまった娘につぶやいてみた
そういう短い人生だったわけね
とニュースの階段映像から
刺されて死んでしまった娘がつぶやいてきた
わけはないが
埃が積もって汚れ放題の張り出しのある階段経験を共有する娘と
ぼくは
まだ生きている(つもりの)ぼくのほうで
ちょっとでも枠というか
線というか
そんなものを思いのなかで使って
かかわりを仮構しておくほうがいいのかな
と思った
そういう短い人生だったんだね
しかも
埃が積もって汚れ放題の張り出しのある階段で
殺されてしまったんだ
そんなふうに
もう一度ちゃんとつぶやくと
娘が
ではなく
(もちろん
(もちろん
ぼくのそんなつぶやきが
濃い空気のようにぼくの前にわだかまって
埃が積もって汚れ放題の張り出しのある階段経験として
透明の吸着性の実体となりはじめた
ようだ
ようだ
確証はないけれど
ようだ
いろいろな人を
さらに
さらに
吸いはじめる
ようだ
無責任なようだが
ぼくは
知らない
どうなるか
なんて
みんな
埃が積もって汚れ放題の張り出しのある階段から
はじまったこと
どうなるか
なんて
ぼくは
知らない
無責任なようだが
みんな
埃が積もって汚れ放題の張り出しのある階段から
はじまったこと
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