あなたのほうへと近づいていくための
長い長いながい人生の道。
その道を私は歩み続けてきたんだわ。
心のなかでは狂ってしまいそうだった。
12月の風が吹いたりすると寒かったわ。
首筋なんか凍りつくようだった。
でも、12月がなにさ
あなたに近づいていくためだったとすれば。
それにしても、なんてなんて遠かった道。
それでも辿り続けたわ、あの道。
それをあなたのところまで、ちゃんとね。
もう不実な女ではないのよ、私。
だから誓って言えるの、今晩、
ひざまずいてあなたへの道を辿れるのも
同じ経験をさんざん積み重ねてきたから。
悪い愛の伝道師たちとの出会いだとか
冬だとか首すじに降り込む雪だとか
我慢できなくなるような経験、数えきれないほどあってね。
おかげで、嵐のすっかり去った今の心。
あなたっていう、私のいちばん美しい愛の物語もあるし。
冬の時代、秋の時代、
夜の時代、昼の時代もあったけど、後には誰も残らなかった。
あなたのことなんて、まじめに思ったこともなかったけど、
でも、すっかり気落ちしたあの時、ふいに、
ああ、あなただったんだ、って強くわかった。
ああ、あなたこそ必要なんだ、って。
あなたには悪いことをしてしまったかな。
他の男たちが私に扉を開いてくれたものだから、
私ときたら、平気であなたを残して、遠くへ行ってしまって。
私はほんと、あなたには忠実じゃなかった。
でも、見て、 それでも戻ってきたでしょ、ちゃんと。
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなただから。
今度こそ本当に、自分自身の涙で泣いた気がする。
涙って、甘美なものだったのね。
優しいものだったんだ。
あなたのあのはじめての微笑み、
一粒のあの涙に、微笑んだのよね。
あなたのせいで出た涙なのよ。
愛してて出る涙なんて、はじめて。
覚えててくれてるかしら、あなた?
あれはある晩のこと、9月だった。
あなたは先に来て、私を待っていた。
それは此処、この場所だったけど、覚えてる?
微笑んでいたあなたを見ただけで、
もう愛に落ちていたわ、ひとことも交わさないうちから。
急にわかったのよ、あの時。
私の旅、もう終わっていたんだな、って。
そして私は、これまでの重荷をぜんぶ下ろした。
約束されていた人、あなたが、ついに来てくれたんだもの。
他人にはどう言われたっていいわ。
どうしても、あなたに言いたいの。
今晩、私はあなたにほんとうに感謝しています。
他人にはなんて言われたってかまわない。
私が来たのはこう言うためなの、
私のいちばん美しい愛の物語、それはあなたなんだ、って。
◆バルバラのMa plus belle histoire d'amourについては、覚和歌子が翻案した『わが麗しき恋物語』をクミコが歌っている。いい歌だ。せつなくて、シャンソンの持ち味である充実したさびしさが心に沁みる。
純愛の告白を受けた不良少女が同棲生活に入り(結婚したかどうかは曖昧)、経済的には豊かでないようながら幸せな生活を送るが、五年後にはふたりの心はすれ違い出し、退屈な毎日を送るようになる。そんなところへ、彼に重病の宣告。退屈も心のすれ違いも失せ… 翻案詩はここでサッと時間を飛ばし、次の連では、彼はもう火葬場の煙。「愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない」と女は歌う。「ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ」と歌う。
しかし、バルバラのオリジナルの歌詞はずいぶん違う。あっちの男、こっちの男と、どうやらたくさんの男を経てきた女が、苦しかった心の旅路、愛の遍歴を縷々と語り、真の愛へと到る旅路を終えるにふさわしい「あなた」にようやく出会えた、と喜びを歌う。どうやら昔から知りあいだったらしいのだが、愛の対象として見たことはなかった相手。
長かった女の恋愛遍歴の期間は、ふたりにとっては空白期間のはずだし、なにもその間には始まっていなかったはずだが、「あなた」にたどりつくまでの心の旅路として歌われるため、この空白期間は、そのまま、愛のひそやかな成長期間として捉えられうる。ふたりの愛の本当の展開はこれからであり、しかも、なにも始まっていなかったはずのこれまでの期間さえ、「あなたに近づいていくための長い長い人生の道」と歌われるので、けっきょく、一瞬たりとも無駄にならなかったという充実感があり、これからの新たな愛の日々への布石は重層的でさえある。
◆バルバラの歌詞には虚しさはない。なにより、未来がある。恋愛遍歴を経てきた結果として、これからいっそう充実した心と実生活の結びつきを実現していけそうな、ひとりの女の成熟がある。「これまでの重荷をぜんぶ下ろ」すことのできる「約束されていた人、あなたが、ついに来てくれた」という喜びがある。すべてはこれからであり、いよいよ価値ある生が始まる、気概も十分にある、人生の機微も知りつくし、なにが来ようと賢明な対処ができるという安定感と逞しさが滲み出ている。歌の語りはたっぷりと重厚で、言葉が多過ぎるほどだが、バルバラの歌唱はそれを見事にコントロールして、もたつかせない。しっかり作られ成熟したスピーカーがよい音を保証するように、ひとりの女の熟した肉体、ゆるがずブレない愛欲の熟れが語りをしっかり支えている。
それに対して、覚和歌子の翻案詩では、「あなた」との日々はすべて終わってしまっており、歌の後半で響く「人生って そうよ 退屈だったって」や「人生って 何て 意味が不明なの」、「人生って 何て 愚かなものなの」などの歌詞のために、どうしても戸惑いや虚しさが印象づけられる。
もちろん、それらは歌にとっては味わいであり魅力でもあり、マイナス要素とばかりは言えない。前半部分に響く「人生って 何て ちょろいもんだって」や「人生って 何て 奇妙で素敵って」などの歌詞から考えて、この翻案詩が「人生」の定義を更新していく女の歌となっていることは明らかだし、彼女の「人生」観の拡大が「あなた」との恋愛や死によってなされていくビルドゥングス・ロマンになっているのも確か。しかし、バルバラのオリジナル詩と比べると、後味のさびしさは否めない。
日本とフランスの違い、…とはもちろん言えない。バルバラと覚和歌子の違いなのであり、さらには、フランスのシャンソン界と日本のシャンソン界の違いということか。谷崎潤一郎や団鬼六が翻案したらずいぶん違っていただろう、と、あらぬことを思ってしまう。個人の作風や、ある傾向の人びとの好みを、安易に国柄全体と結びつけないに越したことはない。
◆個人的には、バルバラの作風のほうが好きではある。バルバラにも壮絶にさびしい歌、哀しい歌があるが、どう譬えたらいいだろう、それは、くっきりとした乳房の輪郭を晒しながら日の出間際の浜辺に立つ女体のようなさびしさと哀しさで、そのまま大理石の女神像に通じていくような確かな造形の重みを湛えている。消え入るようなものではなく、豊かな肉体性や物質性に支えられたさびしさ、哀しさだ。
詩歌に限らない。もっと肉付き豊かな、脂の乗った、くっきりしたさびしさ、哀しさを、にっぽん語は載せていくといいのに、と、たびあるごとに思う。
[原詩]
BARBARA
Ma plus belle histoire d'amour
Du plus loin, que me revienne,
L'ombre de mes amours anciennes,
Du plus loin, du premier rendez-vous,
Du temps des premières peines,
Lors, j'avais quinze ans, à peine,
Cœur tout blanc, et griffes aux genoux,
Que ce furent, j'étais précoce,
De tendres amours de gosse,
Ou les morsures d'un amour fou,
Du plus loin qu'il m'en souvienne,
Si depuis, j'ai dit « je t'aime »,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,
C'est vrai, je ne fus pas sage,
Et j'ai tourné bien des pages,
Sans les lire, blanches, et puis rien dessus,
C'est vrai, je ne fus pas sage,
Et mes guerriers de passage,
A peine vus, déjà disparus,
Mais à travers leur visage,
C'était déjà votre image,
C'était vous déjà et le cœur nu,
Je refaisais mes bagages,
Et poursuivais mon mirage,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,
Sur la longue route,
Qui menait vers vous,
Sur la longue route,
J'allais le cœur fou,
Le vent de décembre,
Me gelait au cou,
Qu'importait décembre,
Si c'était pour vous,
Elle fut longue la route,
Mais je l'ai faite, la route,
Celle-là, qui menait jusqu'à vous,
Et je ne suis pas parjure,
Si ce soir, je vous jure,
Que, pour vous, je l'eus faite à genoux,
Il en eut fallu bien d'autres,
Que quelques mauvais apôtres,
Que l'hiver ou la neige à mon cou,
Pour que je perde patience,
Et j'ai calmé ma violence,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,
Les temps d'hiver et d'automne,
De nuit, de jour, et personne,
Vous n'étiez jamais au rendez-vous,
Et de vous, perdant courage,
Soudain, me prenait la rage,
Mon Dieu, que j'avais besoin de vous,
Que le Diable vous emporte,
D'autres m'ont ouvert leur porte,
Heureuse, je m'en allais loin de vous,
Oui, je vous fus infidèle,
Mais vous revenais quand même,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous,
J'ai pleuré mes larmes,
Mais qu'il me fut doux,
Oh, qu'il me fut doux,
Ce premier sourire de vous,
Et pour une larme,
Qui venait de vous,
J'ai pleuré d'amour,
Vous souvenez-vous ?
Ce fut, un soir, en septembre,
Vous étiez venus m'attendre,
Ici même, vous en souvenez-vous ?
A vous regarder sourire,
A vous aimer, sans rien dire,
C'est là que j'ai compris, tout à coup,
J'avais fini mon voyage,
Et j'ai posé mes bagages,
Vous étiez venus au rendez-vous,
Qu'importe ce qu'on peut en dire,
Je tenais à vous le dire,
Ce soir je vous remercie de vous,
Qu'importe ce qu'on peut en dire,
Je suis venue pour vous dire,
Ma plus belle histoire d'amour, c'est vous...