2017年7月2日日曜日

蘇れ、幸福教の教祖よ!


  
たとえばマーラー第6番第3楽章の叙情にふいに襲われて
東京都心の上空に
梅雨の蒸した日中の空気に包まれている

包まれているといっても
空気は動き続け
流れ続けているのに
動かないものの包まれているかのように
錯誤

とはいえ
錯誤を避けるわけにはいかない
それがこの世にあることの
本質を構成するから

(マーラー第6番といえば第1楽章にばかり
(心を奪われていた頃
(ふしぎな芳香を体から発する若い女が
(安定した関わりの中に位置を占めていたが
(ある日逢瀬の後の夜のバスの中で
(この奇妙な幸福は奇跡そのものであり稀有なことで
(これは今しか起こり得ない…と悟った
(松見坂へ差しかかって行くあたりだった…

いつ頃からすでに
幸不幸は密に練り上げられた紐とわかっていたか
買わなかった代田のマンションの
脇を歩み過ぎながらそこの一階にある凝った小さなカフェが
一度も店を開けているのを見たことがなかったのを
異様に気に掛けながら環七のむこうのヤマダ電機に電球を
何種類か買いに行こうとしていた夏のはじまり

…しかし
あゝ、どの瞬間も幸福であった!
3歳頃のわたくしに殺戮されたアゲハの真緑の幼虫たち!
あの形状を見て3歳のわたくしは本当に宇宙人だと信じた!
地球を救わなければならないと強く思って石を拾い集め
ある日中のこと石打ちの刑に処して何十匹殺戮したことだろう!
わたくしのうちに生き延び巣食っていた人類の業を
そんなことをくり返しながらわたくしは認識し続けていった!

そんな業の発露の複雑に絡みあわされた紐の一本の
世にもふしぎな芳香を体から発する若い女!

マーラー!
第6番!

あれ以降わたくしは第6番を偏愛しない人々を友から外していった
若かったのだ!
まだ若かったのだ!
マーラーを偏愛した後に「港町ブルース」やピンカラ・トリオに
(あのチョビ髭!)
惑溺する精神も多かろうというのに!

“海に涙の あゝ 愚痴ばかり…”
“あなたの影を ひきづりながら…”
  “うしろ姿も他人のそら似…”

…しかし
あゝ、どの瞬間も幸福であった!
この感覚がたとえば短歌精神と袂を分かつ理由
すべてをマイナー調に色づけてしまうニッポン詩歌基調よ!
言葉を弄ぶなら錯乱!、快楽!、転調!、認識!、…に向かわなくて
どうするというのか!いつまでたっても引かれ者の小唄のような、
時代が悪い、権力者が悪い、民衆の愚かさが悪い、知識人の
超越と民衆無視が悪い、小難しくばかりなった諸芸術が悪い、…
などと言い続けるばかりのレンジの狭いニッポン詩歌基調に巣食う
怠け者の不勉強なたゞの酒飲みたち!あるいは小心な
臆病者たち!

ギーレン指揮のマーラー第6番を二度聴いて終える
第7番にそのまま移行することは少ないが今日は晴れがましい湿気
移行しよう聴き続けようブーレーズ指揮の
第7番に移る
これはクリーブランド管弦楽団のもの
梅雨のぶ厚い湿り気の昼下がりにはよさそうな演奏
ふしぎな芳香を体から発する若い女がいた頃にはなかなか
第7番には心が移り切れずに第6番に留まり続けていた!
それが今では軽々と移る!
軽々と戻りもする!
すべてが等価になっていくから!

あゝ、どの瞬間も幸福であった!

蘇れ、幸福教の教祖よ!



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