2019年7月4日木曜日

物としての


  
ここがそれです…

と導かれ
惨殺事件で何人もが殺された部屋を訪れると

意外なことに
窓のサッシの佇まいが清潔で
くっきりとしていて
そこから外に見えるベランダの手すりも
しずかな銀色の直線のままだった

部屋のなかの四隅にも
直線は律儀にあつまって
90度の三つの角をちゃんと保っている

部屋は人間が起こしたことを吸わず
すこしも損なわれずに
物としての悟りを維持していた

いい部屋ですね…

そう言いたかったが
人界の想念の渦のなかには
投げ込まないほうがいいことばもある

なにも言わずに
いつものように口の端をほんのわずか引っぱり
一瞬の笑みのような
ひとの目にとまりづらい敬礼をして
辞去した

自若としている物たちに会うのは
この世にあっての
大きなよろこびでもあれば
慰安でもある




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