Et in Arcadia ego
Nicolas Poussin
世の
どこに起こることにも
もう心は惹かれぬ
きみの
彼の
彼女の
近ごろの考えの
変化にも
あるいは堕落にも
飛躍にも
むしろ
ずいぶん遠いところの
少年が愛ではじめた
珍しい昆虫の
今後の育て方についての
小さな悩みになど
心はちょっと
惹かれたりする
有名な億万長者のまだまだ若い歌手が
ドラッグ中毒になってしまって
わけのわからぬことをしゃべり続けながら
たえず体を引き攣らせて
踊っているような
震えているような
頼りない姿を
おとといはXで見た
昨日はXで
空爆の続くガザの
もはや病院とも言えないどこかの
町集会所のようなところへ
怪我をした人たちが運び込まれているスマホ動画を
爆撃されてない東京のぼくの部屋で
体を椅子にずいぶんだらしなく鎮めた恰好で
部屋の明かりも消して
深夜に長々と見続けていた
怪我した人たちが運び込まれる部屋には
もはやベッドもないし
医者も看護師もいなくて
素人の普通の人たちがなんとか手を尽くして
出血を止めようとしたり
千切れた腕や脚を
もうくっつきなどしないのに
付け根の近くに近づけておこうとしている
この動画は
知りあいにも見せたく思ったので
LINEに載せて送ろうとしたら
LINE上では「見られない」と表示が出て
諦めざるを得なかった
ガザで千切れた腕や脚のように
LINEで動画を送ろうとするぼくの意志も
千切られてしまった
日本各地では
桜がさまざまに満開を迎えていて
オオタニショウヘイよりも人びとの目を集める桜たちが
毎年恒例の日本人向けドラッグとして
たいへんな威力を発揮している
世界じゅうで花の便りが行き交い
春の到来を楽しむ散策やハイキングの映像が届き
人びとは見飽きた驚きや感動の示し方をあいもかわらずくり返し
たまたまその瞬間その場で死んでいない偶然を
明るくきらきらと輝かせて
まるで平和のようだな
などとぼくは
遠い遠いアルカディアを思い出してしまう
知りもしないのに
よく知っていたかのような
アルカディア
そうして
同時に思い出す
「私は幸福に馴れていない人間である」*
という
レイテ島の戦闘で
極限状況を生きのびた
大岡昇平の言葉も
*『鎮魂歌』
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