2011年5月22日日曜日

時間も場所も熟れきった果実のよう



子ども時代はいちどだけ
だからそれは絶対
青春もいちど
中年も老年も
いちど

二度とこない場所が次々つらなって
生は流れていくよ
時間という場所
場所というたましい

この世のすべてを
まぼろしという人がいるけれど
まぼろしではない
虚無というものはない
どの時間にも
いっぱい果肉がつまっている
どの場所にも

触れられるほどに
それが感じられないなら
生き方がまちがっている証拠
時間も場所も
熟れきった果実のよう
死はない
いなくなることはない
それが見えず触れないならば
まちがった道にいる証拠

まぼろしではない
ものはすべて
ものでないものと繋がっている
ここはあそこと
未知の心は
わたしの心と

感覚のせまい人びとが
見えないものを見ようとせず
のさばってきたね
感覚のせまさは刃となる
時間も場所も
熟れきった果実のよう
その香りが嗅げれば
たどっていけないような
心や頭の道がある

たったいちどの
老年に達する頃には
たいていの人が
わかるようになる
たどっていけない道はどれか
心や頭を
どう進めてはいけないか

たったいちどの子ども時代から
わかるようになるだろうか
それは

たったいちどの青春や
中年のさなか
忘れないでいけるようになるだろうか
それを

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