夢のなか
プラタナスの大樹が
北側の窓からよく見える四階に
両親と弟は移った
秋がはじまっていた
色づいてきた葉が
窓からいっぱいに見える
こんなに近いね
うちの木のようだね
そう言いながら
秋にしては暑い晩
短パンをはいて
家族いっしょの食事をとった
ぼくはぼくで
頑丈な石造りの
小さな城を訪ねるようになっていた
数世帯が各階を占めている城
自転車で着くと
入口の前にデンと据えられた
プラスチックの大きな電飾を避け
ときにはその上を踏んで
石の坂を登っていく
この奇妙な賃貸住宅の
人寄せのための電飾なのだが
入口に至るスロープでじゃまをしている
スロープにはいつも
男の子がひとり
膝をかかえて座っていた
やあ、と言うと
やあ、と返してくる
電飾を避けて上ろうとして
ちょっとよろめいたりすると
助けてくれることもある
ある日ぼくは
電飾の上をどしどし歩いて
入口に向かおうとした
すると電飾がたわみ
いまにも真っぷたつに折れそう
足をとめて様子を見ていると
そんなに乗っちゃだめだよ
それは乗り過ぎだよ
男の子が言って
ぼくに手を差し伸べてくれた
夢のなか
ぼくは気づいた
これは夢だ
ぼくに手を差し伸べてくれるなんて
夢だ
だれひとり
手を差し伸べてなどくれなかった生だもの
ここぞというところで
人の手はなかった
ぼくはすっかり孤独で
いつも自分のものでない城に赴き
入口では電飾にじゃまされ
それでもよろめきながら
入っていこうとしてきたのだ
そう気づきながらも
男の子の手を握り
ぼくは城の入口に辿りついた
きみも夢
このすべてが夢
そんなことはわかっているんだ…
とは
言わなかった
たぶん
はじめて言わなかったんじゃないかな
夢の流れにしたがって
そのまま
夢の気を損なわないよう
流されていく
たぶん
こうするのは
はじめて
スロープにはもう
電飾もない
ぼくの自転車もない
さっきまで手を引いてくれていた
男の子もどこへ行ったろう
夢の流れにしたがって
そのまま
夢の気を損なわないよう
流されていく
はじめて
いま
城に入る
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