2013年1月18日金曜日

むしろ学校の中にだけはない…



勉強はしないし
教室にもなかなか来ない連中だが
バイトはよくやっている…

なぜだか誰も来ない日
勉強しないこのふたりだけが来た
ふたり相手じゃ勉強を進められないから
きょうは雑談さ

きみらの話を聞きたいね

ひとりは居酒屋「土間土間」でバイト
もうひとりは地域の焼肉屋で    

「土間土間」の子は春に
パチスロに入れ込んでいたが
もう卒業したらしい
いまはバイトに打ち込んでいる
領収書に「ありがとうございます」って書きたいからと
フランス語のお礼文句を聞いてきた
教える
きょうは雑談と思ってたけど
教えちゃったよ
ひとつだけだけど

―最近の学生はサワーばっかりだろ?
―今は、あれですよ、コンビニでもどこでも
適当にうまいものがすぐ買えるから
ビールみたいな苦いやつ、みんな苦手なんですよ
―居酒屋のサワ―は薄いよね?
―お店で入れることになってる量だと、やっぱ薄いです
でも、「ちょっと強めに」って言われると
アルコール、少しは強く入れますよ
―へえ、そういうの、あり?頼めばやってくれるの?
―ええ、少しならやりますよ

大人数で来た飲み放題の客たちが
コールをやると忙しくなるんだそうだ
誰かを指名して飲め飲めコールをするのだという
そうすると誰かさんはぐいぐいと飲まねばならない
すごく押しつけるというわけでもないらしいが
そうやって順々に飲んで酔うんだという

―料理は店ごとには工夫できないの?
―やっているとこもあるみたいですけど、一律に材料が送られてくるから
上で決めたものを出しますよ
―でも、店や地域ごとにオリジナルなものを出しても面白いのにね
下から上にそういうメニューを上げていくのいいのに
―あんまりそういうのってないですね。そういう仕組みになってない…

もうひとりは
自分の住む地域に数店だけ展開する焼肉屋でバイト
―けっこう金持ってる客、いますよ。お正月も一万円を貰っちゃった
―お年玉?
―ええ、馴染みのお客で、ちょっとオマケしたりしたもんだから。
週一回は来る人だから。
―そういう人、家族で来て二万ぐらいは使うの?
―取るものによりますけど… 
盛り合わせとかにすると、七、八千円ぐらいで済むけど… 
でも毎週来るって、すごいっすよ
―そうかあ、毎週かあ… 「土間土間」のほうはいる、そういうお客?

―いやあ、こっちはあまりないっすね。やっぱ、チェーンだから… 
顔知っているお客もいるけど、なんか、急に来なくなっちゃうから…
―他に行っちゃうのかな?
―チェーンですからね。
他がなにかで安くすると、わぁ、って、そっち行っちゃう。

焼き肉屋くんは
ずいぶんかかって伸ばしてきた髪を
あしたアフロにするという
―けっこう膨らますつもりです。
―どうしてアフロにするの?
―いやあ、成人式だから、ちょっと、記念になにかやろうと…
―アフロじゃなくってもいいじゃない?
―いろいろ考えたんすけど、やっぱり、アフロかな…と
―やっぱり、アフロか… で、着物着ていくの?
―いやあ、スーツっすよ
―それで、でっかいサングラスとかもかけてく?
―それはないですねえ…
―お父さんもお母さんもアフロにして家族写真ってのはどうよ?
―いやあ、それはヤバいっすよ
―そうかなあ、いい記念になると思うけどなあ…

焼肉くんは
年に五回ぐらいしか授業に来なかったが
来る時はきまって
他の学生の出が悪い時で
よく近況を聞かされてきた
雨の日にバイクがマンホールの上で滑って転倒し
バイクを押して来たこともあった
ちょっと鈍くてあまり勉強しない子に見えたが
うちから近いビリヤード場を見つけ
ビリヤードに深入りするようになると
いよいよ学校には来なくなったが
毎週週末には夜っぴいてビリヤード漬けになり
ずいぶんと腕を上げ
その方面のいろいろな年齢の知人友人もできて
もう中段レベルだという
夏前からいつも鳥打帽を被るようになり
なかなかオシャレになってきたのは
ビリヤードのおかげらしい

―あれって、段や資格みたいのあるの?
―ないですけど、いちばん下のクラスみたいのは、
本気でやるって決めて、自分のキューを持つとなれるんです…

本当に勉強しないふたりだが
こんな話をしていると
けっこう
これが
尽きない

―で、どうするかな?ぜんぜん授業に来なかったけど、落第してもう一年やるかい?

落としたところで
ぜったいに勉強なんかやりはしないふたり
それはわかっている
落とすつもりもなく
聞いているんだ

―さあ、どうするかな… 
これからの将来、なんの勉強でもいいから、
必要な時にはやるって約束できれば、前払いで通してやってもいいが…
―やります、やります、仕事の勉強とか、ちゃんとやります…

ある入試産業が最近になって
この学校の偏差値を38だと格付けしてきて
授業となればどの科目も悲惨だが
どうしてどうして
学校の外ではなんとかやっている連中
強いられて
いろいろな勉強の型に嵌ってみるのもだいじだが
どうしても学校の型に嵌れない子もいて
それでも学校を出たという型だけは強いられていて…
残念なミスマッチが
学校と学生のあいだで起こり続けている…

いつまでも
居酒屋や焼肉屋で働いていくわけでもないだろうが
まあ、うまくやっていけよ
世界はとにかく
学校の建物の中にあるわけではない
むしろ
学校の中にだけは
ない…


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