2013年1月26日土曜日

ひさしぶりにクロードを思い出した…




アルジェリア!
腐臭が薫風にのってくる
わが青春の日に讃えたフランスの魂は
十数年で錆を呼んでしまったのか!
茨木のり子「悪童たち」






アルジェリア…
日本人も巻き込まれて…

ひさしぶりにクロードを思い出した…
もう二〇年も前に死んだクロード…

フランスのロゼールや
オーヴェルニュの田舎に行くたび
森に釣りに連れていってくれた老友
サン=シェリー・ダプシェの
レストラン《リヨン・ドール》で
子牛の胸腺をごちそうしてくれたこともあったな

川釣りの腕は一流で
冷凍庫にはいつも鱒がいっぱい
鱒料理ばかりなので
クロードの家に行くと参ったこともある
世界中の釣師はみな大ぼら吹きだから
その点でもクロードは一流だった
話を聞いているうち
地方どころかフランス中が
彼の愛人たちで溢れていることになっていく
一生独身だったが
おれみたいに愛人が多いと
おちおち結婚なんてしてられねえよと
のたまっていた

家族にさえ
釣りの穴場はけっして教えなかった
これも世界中の釣師に共通らしい
とくに田舎の釣師の場合は
数名で釣りに出ても
いつもふいといなくなり
小一時間もすると
いっぱいの釣果とともにご帰還
そうして
へん、おまえらやっぱりダメだなと
釣り学のお説教

ぼくには親切だったのは
日本から
わざわざこんなド田舎を訪れたものだから
彼が生涯勤め上げた山間の工場には
日本からもときどき技術者たちが来て
なかなかいい連中だったよ
ここでの川釣りのコツも教えてやったんだと
よく話していた

いっしょに釣り糸を垂れている時には
いろいろ話したが
政治の話になった時
ぽつりと
世の中なんて、信じるなよ
とクロードは言った

とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

おれは徴兵されたんだ
アルジェリア戦争知ってるか?
あれに駆り出されたんだ
最初の任務は
なんだったかわかるか
捕虜の処刑だよ
マキっていうゲリラ連中をだ
第二次大戦中なら
ナチスに対抗するレジスタンスを
マキって言ったんだけどな
それを今度はフランス軍が相手にしたんだ!
捕虜の処刑は国際法違反だから
捕まえた連中を逃がすんだよ
遠くの山並みに走らせるんだ
ほら、向こうに行け
逃げていいぞ、って
はやく逃げないと
また捕まえちまうぞ、って
で、後ろから狙い撃ちする
機銃掃射じゃもったいないから
そういう処刑なんだ
何カ月もやらされた
何人殺したか
数えてもいない
数えられない
こんな田舎から駆り出されて
あんな遠いアフリカまで行って
やらされたのは
そんなこと
誰が命じたと思う?
国家だよ
国のご命令だとさ
国ってなんだかわかるか?
国を名乗るお偉いさんたちさ
実地に殺すのはおれたち
命令を下した連中は
今じゃキレイキレイのいい暮らし
ミッテランを見ろよ
あいつらは上でキレイにのさばって
実際に殺したおれたちは
こんなところで釣りをしてる
もちろん
ここでの釣りが悪いわけじゃない
ま、生きてるだけいいってもんでもある…
おれが殺したマキの連中は
あそこで死んじまったんだから…

心臓の悪かったクロードは
七〇にもならないうちに死んだが
それはある日の自宅でのこと
連絡がとれないので妹が訪ねると
ベッドのわきで倒れていたそうな

死の知らせは後から来たが
じつはその日のその時間
彼の死んだ日
死んだ時間
ぼくのうちでは変なことがあった
棚から出したお皿が一枚
もぎ取られるように
手から勝手に飛びさって
床に落っこち
砕け散った
なにかあったと思ったが
クロードの
心臓の管が破裂したのは
どうやらその時
その時間

ひょっとして
どこか
背後から撃たれたかと
思ったりしたかどうかわからないが
ベッドわきの床に横たわり
息絶えるまで
クロードがなにを忘れなかったか
それは想像がつく
たしかに
あのことだろうと

青年時代のいちばんいい時期を
遠いアフリカまで行かされ
砂漠で処刑をさせられた日々
逃げていくやつらの
背後から撃つ
撃てと言われる
どういう気持ちかわかるか
どういう気持ちかわかるか
そう言っていたのが思い出される
戦争というのはそういうこと
日本の戦争のことだって
おれはよく読んだぞ
どこの戦争でもそういうこと
自国が
じぶんの味方じゃないんだ
ほんとに
この世はあまくない
世の中なんて、信じるなよ
とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

ぼくは思う
テロリストと呼ばれた連中のなかに
二〇代やそこらの青年もいて
やがて長い年月が経って
老いる頃
同じようなことを思うかもしれない
世の中なんて、信じるなよ
とくに国はな
国なんて
絶対信じるなよ

どこかの若者に
彼がそう言うなら
ひとつの幻影の終わりを
成就したということか
撃てと言われる
どういう気持ちかわかるか
どういう気持ちかわかるか
そう言うなら
生まれ落ちるや
染み込まされ
押しつけられた
幾えもの
捏造
虚偽を脱ぎ捨てて
アッラーという言葉の
より過ちの少ないほうへ
どうやら
正しく向かったと
いうことか



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