2015年2月20日金曜日

国際空港



  
 いくつか
小さめのいなり寿司を買ってある
お茶も買っておいた

搭乗までまだ間があるので
広いロビーでぼんやりしている
ビニールレザーの椅子がたくさん並び
まばらに数人しか座っていないので
特別な空間のようになっている

いなり寿司をゆっくり食べながら
これから始まっていく旅より
今のこの空間のほうが
よほど得がたいもののように感じられる
こんな広いところに
しっかりした理由も権利もあって
見とがめられることもなく
しばらくのんびりと居られる
旅のさなかの
守られたひとりきりのこんな時間の停滞こそ
本当はいつも
旅の中ではいちばん貴重かもしれない

ときどきアナウンスが入る
世界中の空港に飛び立つ飛行機のどれにも
かならず
乗り遅れそうになる人がいて
呼び出しを受けている
日本語や英語
中国語
フランス語
スペイン語
ときどき
聞きなれない言語の場合もある

たくさん並んだ椅子のむこうで
ムスリムの父親が小さな子を抱いて
ロビーを行き来してあやしている
母親は椅子に座り
バッグの中を詰め直しているらしい
ときどき小さな食べ物を持って
夫の腕の中の子のところへ歩いて行き
口に含ませたりしている

彼らの近くに
日本人の白髪の小母さんが座っていたが
ひょいと立って
父子の近くに行って子どもに話かける
父親が笑っていろいろ答えている
小母さんは子どもの歳を聞いたり
どこに帰るのかとか
この子はどんなものが好きなのかとか
あたりさわりないことを聞き続けているのだろう
見知らぬ外国人とサッと親しくなってしまう
万国共通のあの年代の小母さんたちの得意技だ

座っていた母親が
バッグからipadを出して近づく
小母さんにそれを手渡す
家族三人の写真を撮ってくれというのだろう
小母さんは何枚か写し
三人に近づいて画面を見せている
小母さんの笑い声がすこし高くなり
片言の英語が切れ切れにここまで響いてくる

国際空港の
なんとのんびりした時間
そして
空間

小母さんも含めて
4人を撮ってくれと頼まれれば
私もいなり寿司を置いて
むこうまで歩いて行って撮ってやるだろうが
彼らの注意はここまでは伸びない
ipadは家族3人だけを写し
小母さんの姿はとうとう取り込まずに
家族3人の故郷へと向かうだろう

私の目は4人すべてを写し取り
彼らが見なかった
今後見ることもない彼ら自身の姿や
しぐさや笑い顔を
私の内に静かに焼きつけて
さらに
さらに多くの
見知らぬ人びとを写し取り続けるために
あと数十分もすれば
搭乗口のほうに向かい始めるだろう






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