きみと住むことになった家には玄関がなく
畳の六畳間の両開きの戸から出入りした
戸のむこうには1メートルほどの敷石があったが
すぐに道路に繋がっていた
道路への出口には低い柱がふたつ
門のように立っていたが門扉はなかった
すぐにまたげる低い柵が両側に伸びていた
六畳間の中央には低い本棚をいくつか置き
背をつけて左右から合わせてあった
ほんの少ししか本は持っていなかったが
どれも複雑に織られた物語や思弁の分厚い本で
ぼくらには十分すぎる財産だった
きみとぼくはそれらを再三読み直し続け
無数の箇所についてお互いの発見を語りあった
ときどきは本棚のところに
小さなテレビでも置こうかと思ったり
小さな椅子を据えて近所の子どもに座らせ
実際はだれも来ないというのに
客を応接させようかと夢想したりした
思いめぐらせながらもそんなことはどれもせずに
この世になどいないかのように暮し続けた
ある晩六畳間に小さな卓を出して食べていると
外に車が止まって騒がしくなった
乱暴なしゃべり方をする若者たちが
車になにか運び込んだり乗り降りしたりしている
家の前でやってもらいたくないねと話すうち
うるさいなァときみは声を大きくして言ったが
聞こえたら危ないかもとすこし思う
しばらくして車は走り去ったが
関連があるのかないのか
急にふたりの若い男が六畳間に入り込んできた
最近あちこちで暴行事件を起こしている連中だろうか
彼らの大まかなつくりの顔とザンバラな髪型を見ながら
どこの家でも全員を惨殺しているとのニュースを思い出した
と思う間もなくひとりがすぐにきみを蹴り倒した
もうひとりはこちらに襲いかかり
ぼくは近くにあった短い棒を取って応戦しようとしたが
すぐに奪い取られそうになる
奪い取られる瞬間のほんの短い間を使って
どうかわして自分ときみを守るかを考え
武道の型のように相手の膝を払ってバランスを崩し
指を両目に差し入れながら相手の上半身を落す
倒れた相手の目に当てた指をそのまま押して目を潰し
畳に転がった棒を取り直しながら
きみを押さえている相手にかかっていって口に捻じ込む
歯を砕き喉の奥を陥没させてさらに脳まで潰そうと
できるかぎりの力を入れて押し込む
相手の腕や脚が痙攣してきたのを潮に
目を潰したほうの男の眼窩に箸を突きさせときみに叫ぶ
転がっていた箸をすぐに取ってきみは突き刺し
さらに眼窩の中で箸先を掻きまわし形勢を逆転する
箸のなかなかの効用を見てとったぼくも
畳の上に転がっていた別の箸を取ると
棒を口に入れたほうの男の両耳に箸を一気に刺し入れる
暴力を振るってきた男たちが苦悶するのは楽しい
蟹の味噌を掻きとるように箸先でかりかり脳を弄る
襲撃してきた者は人間とは見なさないし
いたぶり続けても殺しても煮ても焼いてもよい
旨くないけど珍味だよねと言いながらきみとぼくは
連中のかなりの肉を少しずつ食べ続け
傷んできたらまわりの公園の茂みや野山に捨てに行った
頭蓋骨はひっくり返して小物入れにしてみていたが
やがて六畳間の戸口の上に並べて飾りとした
大腿骨はちょっと手をかけて磨き上げ
次のふいの襲撃があった時のために骨端に金属板を捲き
四本の手ごろな武器を作り上げた
次の獲物に突き刺すために肋骨もきれいに磨き上げた
その他の骨もきれいに洗って乾かすと
何かの役に立ちそうなちょっとした牌になった
人体には捨てるものナシと格言ふうに言葉を交わしあった
こうしてぼくらは静かに穏やかに暮し続けた
その後もときどきは襲撃があり八〇人近くを屠殺し
肉は毎度食べ続けたが嵩張る骨はぜんぶを保存するわけにもいかず
ある港にボートを繋留するようにして沖によく捨てに行った
しかしそんな必要もだんだんなくなっていった
戸外では人殺しはごく当たり前の時代にいつの間にかなり
殺されたばかりの死体も腐乱死体も骨も街に散乱するようになった
それでもきみと住んだ玄関のない家に一歩入れば
ぼくらは静かに穏やかに居続けることができた
居間の六畳間の戸から1メートルほどむこうには
すぐに道路があって暴力沙汰や殺人が吹き荒んでいたが
しょせんこの世では人は安らぐことのできない定め
家の中に踏み入ってくる狼藉者だけはしっかりと処理しながら
この世ではありえないことなど決して夢見ずに暮らし続けた
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