2019年4月6日土曜日

足首のほうへ細くなっていくパンタロン


 
名画座で二席隣りにいたのは老婆だった
二席に人はおらず空いている

老婆と呼ぶのは今どきは失礼なことなのかもしれないが
短めの白髪でところどころ頭皮が露出しており
まったくお化粧していない脱色されたように白い顔には
つるつるしたところもあるが皺の深いところもあり
着ている服は高齢者向きの街の衣料店に吊るされているたぐいのも
手の甲も顔のように白いが粉をふいたように乾いて
色もかたちもはっきりしないバッグを膝の上に抱えている
これを見ると高齢者などという曖昧に丁寧めかした呼び方よりも
老婆と呼んだほうがぴったりと来る
背も丸まっているようだし首も前に傾いでいる

ところが足元は違った
足首のほうへ細くなっていくパンタロンを穿いている
ゴールドとシルバーと緑と黒が綾なす模様の生地で
老婆と呼んでしまってよい人が穿くものではなかった
まだ装いに色気や冒険を混ぜようと気を配る中年の女のそれ
さすがに丈の高いハイヒールを履いてはいなかったが
それでも五センチほどは高さのある黒いヒールを履いていた
中年までの女性ならふつうに履く程度のものだが
老婆と見えてしまう人が履こうとするような靴ではない

ほどなく館内は暗くなり映画の予告編が始まったが
今さっき見た細身のパンタロンと黒いヒール
そしてゴールドとシルバーと緑と黒が綾なす模様が
奇異なものというよりちょっといいものを見たように心に残り
丸まった小さな背で映画をひとりで見に来るこの人の気概に
近ごろ掻き立てられることの少なくなった興味の火が点った



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