2012年3月14日水曜日

ぼ、ぼ、ぼく、お兄ちゃんに、なる!



 

感動ということを
しなくなってひさしいような…

大事だとか
楽しいとか
そういう思いも持たなくなって
ひさしいような…

感じもしないことを記し
本気にしてもいないことを記し

すべて
劇なんだよ
と言いたいような…

これを
と呼んでしまえれば楽だが
…呼べないんだ
やっぱり
じゃないんだよ
これは


渓谷の
入口にある温泉に来て
なんどか湯に入り
もう深夜
寝る前に汗がひくのを待ちながら
茶を啜り
付近の観光地のパンフレットや
持ってきた文庫本を見ながら
部屋にひとりでいる
そうするうち
ノートを出して
いま読まれていっている
この書きつけの
五連まで書き
つまらない書きつけじゃないか…
そう思い
「渓谷の」と書き足しはじめたのだった
渓谷も
温泉も
湯も
寝る前に汗がひくのも
茶も
…工夫の足りない使い方でさえ
いい言葉じゃないか
つまらない書きつけをするような意識が
ふだん
こういう言葉に
どれだけ救われていることか


渓谷の
入口にある温泉に来て… 
なんかいない

感動ということを
しなくなってひさしい…
のも嘘

大事だとか
楽しいとか
そういう思いも持たなくなって
ひさしい…
のでもない

感じもしないことを記し
本気にしてもいないことを記し…
これはなかば本当
世間の慣習が
強いてくる時にはね

すべて
劇なんだよ…
というのは
本当
ただし
理解しといてくれよ
劇にも
いろいろなのが
あるってね

ぼくはひとつ
言い足しておきたい
友人の藤倉行雄は妻を失って以来
ずっとひとりで
障害のある子を育ててきたが
数年前に若い後妻を得て
今度また子どもが生まれるというのだ
裕福でないのが彼の気がかりではあるが
それでも障害のある彼の子が
弟だか妹が生まれる!
ぼ、ぼ、ぼく、お兄ちゃんに、なる!
とひどく喜んで
後妻の腹に耳をあててお腹の中を聞いていたりするという
それがなにより嬉しいのだと
藤倉は言っていた
それがなにより嬉しい
この子にも兄になる気持ちになってもらえるのが
と藤倉が言っていたのを聞き
ぼくの心も動き
その子の言葉を小さく口にしてみたのだ

ぼ、ぼ、ぼく、お兄ちゃんに、なる!

ぼ、ぼ、ぼく、お兄ちゃんに、なる!


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