2012年3月16日金曜日

この海





この海には
何人もの友人と来たことがある

そのうちの四人ほどは
死んでしまって

今日はひとりで来ている

曇っていて
海の色と空の色とが
沖合でいっしょになっている

鳶がいるはずだが
今日はいない

犬を散歩させている
少し遠い人

砂浜に下りる

水で濡れて色のかわったところを
靴が濡れないところを
歩いている
そのあたりが少し固い
いちばん歩きやすい

ときどき立ち止まる

沖のほうを見る

海の見方は
簡単ではない
だれでもできるようで

なかなか

沖を見ればいいのか
海に向いていればいいのか
砂浜のむこうや後ろも見やりながら
それでも海のほうを
いっそう
大目に見ていればいいのか

砂浜を見やるまなざしが
心に下りていくようにすればいいのか

なかなか

このあたりで
死んだあいつとあんな話を
したような
しなかったような

思い出してみる

思い出しているのか
拵えあげているのか

はっきりしない
思い出そうという行為は
曖昧
これほどまで

海沿いの道
自転車や車が通る

それを見る

コンビニに荷物を運ぶ
コンビニのロゴ付きのトラックも通る

それを見る

あいつらは死んで
ぼくはまだここにいる

あたりまえのような

しかし
本当だろうかと
思わないでもない

ひとりで砂浜を歩く

なかなか疲れる

外国映画の砂浜場面のように
のんびりとした気分に
なれない

砂浜を歩いている
生活苦のようなものが
脚に来る

苦労症の脚?

あいつらと来た時
どんな飲料を持ってきていたろう

きっと
ペットボトルか
缶の飲料を買って
ここにきたはずだが…

思い出せないが

この思い出せなさが
リアルな感じ

時が流れたのだ

時などというものがあるのか

流れるのか

あまりに不確かだから、きっと

時が流れた…
などと人は言ってみる

いた人がおらず
声も聞こえず
姿も見えないが

本当にいなくなったと
いえるのか

わからず

時が流れた
などと思ってみる

海が見える

空が見える

沖が見える

ふり向くと
足あと

ながく付けて
歩いてきたものだなあ

もう少し
行く

どこかで
アスファルトの道に戻るから

そこまでは
付けて
歩いていく

そこで
足あとは終わる

風と海水が
ほどなく
すべてを消し去る

落ちている
こんなたくさんの
海草の根

古びたビニールの
紐のようなもの

サンダル


ゴムの塊のようなもの

もう少し
行く


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