2013年12月13日金曜日

あゝ、光晴さん 光晴センセ また あなたの季節






秘密警察のスパイ然と
遠くからぢろりと横目をくれて
人喰い鮫が
うろうろとみはつてゐるところ。
金子光晴『かなしい真珠採りの歌』


ああ、人間がいやになる。
金子光晴『――新しい鄭衛の地にゐて』


人を感動させるやうな作品を
忘れてもつくつてはならない。
それは芸術家のすることではない。
少くとも、すぐれた芸術家の。

すぐれた芸術家は、誰からも
はなもひつかけられず、始めから
反故にひとしいものを書いて、
永恒に埋没されてゆく人である。
金子光晴『偈』


けふは、非戦論者の処刑日だ。
銃声とともに倒れる屍からのがれて、
たましひは天へあがつた。
不正不義を告げるため。
金子光晴『昇天』







ヤプーたちのまわりに
また新たに囲いがめぐらされるが
食べて
日を浴びて
寝て
糞尿して
たびたび射精し
経血まで垂らして
昨今など
それにくわえ
手持ち電子板の凝視に夢中
そんなかれらの
ほとんどは
あまり
ピンとも
来ていないような

今ではもう
Lving is easy with eyes closed  (1)
と歌っていた声も
懐メロの子守唄

〈この国ときたら
〈賭けるものなどないさ
〈だから こうして漂うだけ (2)
と響いていた頃の空気が
ブーメランのように
戻ってきているけれど

低音部には
おもく
もっと
おもぉく
〈海ユカバ水漬ク屍
〈山ユカバ草ムス屍
〈大君ノ邊ニコソ死ナメ
〈カヘリミハセジ (3)

なつかしすぎる
ダイトウア
ダイニッポンの地謡が
傲然と
猛然と
沁み上がってきている

あゝ、光晴さん
光晴センセ
また
あなたの季節

知る耳だけに
なお聞く耳だけに
ピリッ
ピリリと
よみがえる
あなたのしゃべくり
ぐさり
ぐんにゅり
口調
息のにおい


〈すりへらされて性もない
〈手ごたへもない自由主義
〈野心家共が言ひぬけの
〈通り手形の民主主義 (4)


〈遠山がすみ、山ざくら、蒔絵螺鈿の秋の虫づくし。
〈この国にみだれ咲く花の友禅もやう。
〈うつくしいものは惜しむひまなくうつりゆくと、詠嘆をこめて、
〈いまになほ、自然の寂しさを、詩に小説に書きつづる人人。
〈ほんたうに君の言ふとほり、寂しさこそこの国土着の悲しい宿命で寂しさより他なにものこさない無一物。
〈だが、寂しさの後は貧困。水田から、うかばれない百姓ぐらしのながい伝統から
〈無知とあきらめと、卑屈から寂しさはひろがるのだ。
〈ああ、しかし、僕の寂しさは、
〈こんな国に僕がうまれあはせたことだ。
〈(…)
〈僕らのうへには同じやうに、万世一系の天皇がゐます。
〈(…)
〈寂しさが銃をかつがせ、寂しさの釣出しにあつて、旗のなびく方へ、
〈母や妻をふりすててまで出発したのだ。
〈かざり職人も、洗濯屋も、手代たちも、学生も、
〈風にそよぐ民ぐさになつて。
〈誰も彼も、区別はない。死ねばいいと教へられたのだ。
〈ちんぴらで、小心で、好人物な人人は、「天皇」の名で、目先まつくらになつて、腕白のやうによろこびさわいで出ていつた。 (5)


〈日本よ。人民たちは、紋どころにたよるながいならはしのために、虚栄ばかり、
〈ふすま、唐紙のかげには、そねみと、愚痴ばかり、
〈じくじくとふる雨、黴畳、……黄疸どもは、まなじりに小皺をよせ、
〈家運のために、銭を貯へ、
〈家系のために、婚礼をきそふ。
〈紋どころの羽織、はかまのわがすがたのいかめしさに人人は、ふつとんでゆくうすぐも、生死につづくかなしげな風土のなかで、
〈「くにがら」をおもふ。
〈紋どころのためのいつはりは、正義。狡さは、功績(いさをし)
〈紋どころのために死ぬことを、ほまれといふ。 (6)


もちろん
見やすい反発へと走る
陥穽
目つきや声や
書きつけ
書き込みの
大時代がかった見得の
誘惑
そんなものへ
まっさかさまに転がっていけと
など
あなたは言わない

〈詩は、この時代の思考の圧力の下をくぐって、
〈からめ手から人の心を涵さねばならない場合もある。
〈詩は、冷淡に落ち着き払って、鋲を抜いたり、
〈網をほどいたりという沈着な仕事もしなければならない。
〈むかし風な、のぼせた、剽軽な詩人は、
〈僕らの周囲をうるさがらせるだけだ。 (7)

というあなた

〈僕としては、平凡な瞬間の、一々の出来事、
それ以外になにひとつ生活はないという心境で生活しているので、
〈ことに、エモーショナルな出来事や、天下の一大事や、
〈英雄的な出来事や、そんなことのために
〈無にした平凡な生活が惜しくてたまらないという気がしている。
〈国家や、社会や、公共の利のためといえば、
〈いかにも立派なことのように思えるが、
〈それ自身には、なんの内容もなく、
〈内容をリードしたり按配したりするために
〈意義があるということだけのことだ。
〈生きてきて、死んでゆくものは、すべて平等であり、
〈所有物は、自分の永遠の所有など一つもなく、
〈家財道具も一家の人が死ねば、分散し、
〈他の人たちの所有を流転し歩くだけのことだ。 (8)

というあなただから。


あゝ、
光晴さん

また
あなたの季節

光晴センセ







(1)  John Lennon&Paul McCarthneyStrawberry Fields Forever©1967Sony/ATV Songs LIC(Renewed).
(2) 岡本おさみ作詞『落陽』(吉田拓郎作曲)©2001 Interrise Inc. 
(3) 海行かば
(4) 金子光晴『――新しい鄭衛の地にゐて』
(5) 金子光晴『寂しさの歌』
(6) 金子光晴『紋』
(7) 金子光晴『ある序曲 ―自作の解説』
(8) 金子光晴『ある序曲 ―自作の解説』                                  
   











0 件のコメント: