2019年6月13日木曜日

ちょっと海の家に立ち寄ったら


  
ちょっと海の家に立ち寄ったら
けっこう込んでいて
なんとかもぐりこんで座らせてもらったが
泳ぐ気もなしに
ふらふらと浜歩きに来ただけのわたしは
汗をかいているとはいえ
アロハっぽい乾いたシャツを着ているので
まわりの水着のひとたちが
ずいぶん濡れているのがちょっと気になったが
まぁ海の家なんだから
とじぶんをなだめながら
なにか冷たい飲み物でも頼もうかなと思っていると
となりの髪の長いビキニの女が
急にからだじゅうを震わせ出したので
どうしたんだろうかと見ていると
砂や海藻まで付いた髪の毛が一本一本首をもたげ出し
目はカッと見開いて血走って
両手の先は引き攣ったように指を鷲の足のように開かせて
魔女ゴーゴンのようになってきたので
こりゃあ離れないと痛い目に遭いそうだなとわかったので
せっかくの海の家だったが
すぐに立ち上がって逃げるように出て行ったら

なぁんだ
机の上にうつ伏せになって座睡していたじぶんに戻り
へんな夢を見たものだなぁ
気持ちわるい女を見てしまった
と気分を転換しようとして
時計を見ると
午後1時50分
そうだな
こちらの世界でも現に海に来ているのだから
目の前のプライベートビーチに出て
ちょっとひと泳ぎしてくるか
とドアを開けたら
目の前に魔女ゴーゴンが立っていて
爪を立てた手のひらをこちらに向けて攻撃姿勢になっていたので
あんた
夢のなかにいたやつだよ
と言ってやると
そうだよ
ここだって夢じゃないかさ
と返して来たので
そりゃそうだ
あんた
なかなかいいこと言うなあ
と返し
これもなにかの縁だ
ちょっといっしょにひと泳ぎして来ないかい?
と誘うと
いい考えだわ
と受け止めて腕をわたしの腕に絡ませてきて
たちまち豊満な乳房と巨岩のような腰の美女に変わり
魔女ゴーゴンであることをやめてガイアになり
わたしはそれまでカオスであると思い込んできていたのに
ウラノスであったことを自覚して
こうして
わたしのじぶん探しの長かった旅は
ふいに
終わりを告げたのであった

それ以降のことは
人間諸君もよく知るとおりで
ガイアはずいぶんたくさんの子をもうけ
できの悪い巨人どもをわたしが嫌ってタルタロスに次々幽閉したのを怒って
わが子クロノスをして
わたしの逸物を切り取って海に投げ捨てさせ
まったくひどいDVをわたしは受けたわけことになるわけだが
それでも
わが逸物が立てた泡から
あのかわいい美しいアプロディテが生まれたのは
やはり
不幸も不幸
大不幸中のさいわいと
せねばならぬことであったか




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