2019年6月12日水曜日

あなたが知ってなどいるわけがない


  
おとといだったか
目覚めると
何十年も前に住んでいた家の二階で目覚めたような感じで
驚いたというより
じぶんの物語のどのあたりを生きていたのだったか
迷うようだった

夕方ちかく疲れて帰宅して
ちょっと畳の上に横たわったまま寝落ちしてしまい
目覚めるともう七時頃になっていて
そうだ
どうしても買い足しに行かなければならないものがあるのだった
と思いのむかう先の店々は
当時住んでいた家から出かける商店街の店々で
急げば十分ほどだが
ふつうに歩いて行けば十五分ほどかかるので
今日の夕飯つくりはずいぶん遅れてしまうと考えつつ
どこかで食べることにしようか
などとも思いついたりはするものの
そういえばいっしょに住んでいる彼女は八時過ぎに帰ると言っていたから
やはりはやく買い物をして戻ってこないといけない
と思い直し
出かける準備をいそいで始めるのだった
スマホどころか携帯電話さえまだない時代だから
八時過ぎに帰ると朝に聞いたら
鍵くらいはひとりひとり持っていても
やはり夜は八時過ぎにはここに自分がいないといけない
そのように生活のリズムや秩序ができていた時代だったのだと
もちろん何十年も前の自分ではもうないのに
それでも身体は十五分ほど離れた商店街に向かおうとしていて
そういう身体はもちろん自分の思いのなかの身体で
あゝ、これらはすべて過去のことではないか!
ぼくはいまぼくの生涯のどのあたりにいるのだったっけ?
どのあたりの生の住処で目覚めたのだったっけ?
とちょっと必死になりかけて思い出そうとして
ハッと身を起こしてみると

まるで
昔話によくあるようなふうで
建物もなにもあたりにはない草ぼうぼうのなかに
たったひとりで上半身だけ起こした自分がいるだけなのだった
作り話でなどなく
ほんとうにほんとうで
だから
このことを誰かに話しようもなければ
書き記したりできようわけもなく
ただ頭のどこかで自分にぼんやり物語っているだけのことだから
あなたになど
もちろん届くわけはないのだし
あなたが読んだりできるわけもないのだから
あなたが知ってなどいるわけがない
断じて
ない



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