2015年7月11日土曜日

襖の青い魚



目が覚めたのが何時頃かわからない
深更には違いなく部屋の中はまだ暗かった
しかし襖がすこし白々としていて
どこからか洩れる明かりに反映しているのか
流紋の模様がぼんやりと見てとれた

からだの疲れぐあいや眠気の癒されぐあいを
感じ取ってみようとしているうち
襖の一か所に鮮やかな青を感じ取った
全体的には白や灰の色あいなのに
そこだけ青を使ってあるのかと思ったが
よく見てみると動いている
床から起き上がって近づいてみた

青い魚がからだをくねらせて泳いでいた
コバルトブルーといっていいような
鮮やかな青で部分的にもっと暗い青もあり
襖に描かれたモノクロームの流紋の中を
生き生きと尾を左右に振りながら泳いでいる
襖の空間にあわせてでもいるのか
身の振り方はスローモーションで
泳ぎ進む速さもゆっくりとしている

あまりに美しい鮮やかな青なので
からだの強く締まった様子のこの魚を
まぢかに見つめ続けた
こんな襖の流紋の中に泳いでいるとは
なんと不思議なことかと思うものの
こんな話は世間では相手にもされぬものの
実際には時々あるものでもあり奇譚として
密やかに語り伝えられることもある

と思いながら見続けるうちに
脳の奥から浮き上がってくるようにして
フーッと目が覚めてくるのだった
からだはそれでも床に横たわっておらず
同じ寝室の同じモノクロームの襖が見える
襖の前にしっかりと立って流紋に向いている
薄闇の中でやはり白々した様子に見えている
青い魚のすがたはしかし流紋の中には見えない
あれはやはり夢だったのかと思いながらも
鮮やかなあの青の印象は強く目の奥にあった

仕事の話も生活の話もせずに
たゞ奇譚しか交しあわない友に話すと
そうなんだよ寝室に現われる魚が
最近増えているらしくよく耳に入ってくる
あなたの見たのも夢でなどなく
本物なのだろうねと受けてくれた
現実の境の崩壊が近頃とみに進んでいて
鮮やかな魚が寝室の襖や壁に現われたり
宙を泳いでいく光景が見られたりと
そんなことが増えていると言った

信じがたいことでも経験というのは
非常なちからを持った扉で
一度でもそんな魚を見た人たちは
いよいよ二度と元には戻れなくなるという
まわりに展開している現実の到るところに
無数の穴が現われて違う現実と繋がり
現実と呼ばれていた一つのチャンネルの
雑に編集されていた俗な番組の雰囲気に
もう全く拘束されなくなっていく

話としてはわかっているつもりだったが
とうとう来たということだよあなたにも
と友は言いながらスマホを出して
静かに見せてくれた写真の一枚には
真っ青な美しい青色の魚と隣りあって
穏やかな顔でこちらを向いている友の
寝室での姿がはっきりと写っていた
撮ったのはもっと奇想天外なやつでね
というのでさらに聞いてみた

べつの私といえばわかりやすいかもしれないが
からだからも意識からも出て別行動をする他の私で
別人格であるとともに完全に通底していて
めったに同じ場所に存在したりしないものの
あの時は近くに現われてこんなサービスを
珍しくもしてくれたというわけなんだよ
色もかたちもない全くの透明な存在で
けれどこの時は努力してスマホを扱ってくれた
今もあなたの後ろに来ているんだよと言われ
後ろを向こうとする刹那やわらかい微風が
肩をすこしとろりと温かく撫でていくようだった




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