2020年2月27日木曜日

ある晴れた日に




     E poi la nave appare.
     Poi la nave bianca
     entra nel porto, romba il suo saluto.
   Madame Butterfly 



いらなくなった藁半紙を20㎝×15㎝ほどに切っておいて
数十枚ほどファイルに入れてバッグの取り出しやすいところに入れてある
そのうちの一枚を折り畳んでポケットに入れて外出する
住まいのビルのエレベーターのボタンは藁半紙越しに押す
もし人と乗り合わせれば目的階に着くまで呼吸を止めておく

道でも他人が歩いて行ったところは少し避けて通過していく
人とすれ違う際にはやはりしばらく呼吸を止めて歩き続けていく

スーパーマーケットの籠の取っ手に藁半紙を巻いて握る
包装されているものでもされていないものでも
商品の表面に触れるべきではないが残念ながら触れてしまう
手袋をして触れるべきかと思うが
使った手袋をいちいち煮沸消毒するわけにもいかない
使い捨てのポリ手袋やゴム手袋や軍手をして買い物をすべきか悩む

レジで紙幣や硬貨のやりとりをする時にはいちばん感染を恐れる
レシートにもウィルスが付着していないはずがない
精算後に買い物籠を受けとる際にも柄に紙を巻いて握るべきなのだ
店員の目の前でこれをやるのはさすがに申し訳ない気がして怠ってしまう
いずれは堂々とやらねばならないかもしれない

買った物をマイバックに入れてから店を出がけに
備えつけのアルコール噴霧器でたっぷり手のひらに薬剤を出し
両手のひらにまんべんなく伸ばし揉み洗いする
店内で手のひらに付着したウィルスがこれで少しは死滅するのかどうか
しかしこんなことをしてもバッグの中の財布は
ウィルスでいっぱいの紙幣や硬貨が詰まっているのだから詮ない
せめては手指を顔に持っていって掻いたりしないようにしようと思
花粉の多い季節なので目から少し涙が滲むようなこともあるが
指で目の端を擦るようなことをしないように注意しないといけない
鼻の中が痒くなるような時にも鼻を動かす程度で放っておかないといけない

住まいのビルに着くとエレベーターのボタンを押すために
また藁半紙をポケットから出して拡げてそれ越しにボタンを押す
藁半紙を入れておいたポケットの中にはウィルスが散っているだろうと思う
エレベーターの中の行き先ボタンも藁半紙越しに押す
家に帰るとドアノブには素手で触れる
家の人間以外だれも触れていないはずだから
いや待てよ、誰かがいたずらして触れていったかもしれないし
共用通路を歩いた人たちの散らしたウイルスが付着したかもしれな

家の中に入るとコートも脱がずにマフラーも取らずに
洗面所に行ってまずは手を洗い
それからコップに水を入れてうがいをするが
ちょっと間違うとコップを先に手に取ってしまうことがあってヒヤヒヤする
手を洗わずにコップに触れればウィルスがコップに付いてしまう
水だけでだが顔も洗うようにしている
感染予防のしかたをいろいろ読むと帰宅した顔はウィルスだらけのはずなのだ

しかし髪にも服にも靴にもウィルスはいっぱいだろうから
本当はすべてをただちに煮沸消毒しなければならない
しかしさすがにそこまではできないので
あゝ いつか
感染してしまうかもしれない
ある晴れた日に
望むらくは
うららかな日に
蝶々夫人のように
夢の白い船を心に見ながら

思うかもしれない
そういえば
ウィルス禍のはじめの頃
象徴のように
われわれの島に大きな白い船が寄港して
騒ぎははじまったのだったと
むかし
何度も何度も
あこがれのように聞いた
蝶々夫人のアリアを
なぜか
思い出したりしながら

ある晴れた日に、私たちは見る
一筋の煙がたつのを
水平線の遠くに

そして そのあと 船が現れる
その白い船は
港に入り 挨拶の空砲を轟かせる

Un bel dì,vedremo
levarsi un fil di fumo
sull'estremo confin del mare.

E poi la nave appare.
Poi la nave bianca
entra nel porto, romba il suo saluto.






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