一粒の麦地に落ちて死なずば
ただ一つにてあらん
もし死なば多くの実を結ぶべし
『ヨハネによる福音書』 第12章24節
♪今夜じゅうに行ってこれる
海はどこだろう
ひとの流れのなかで
そっと
時刻表を見上げる*
そんな歌が
まだ
あちこちで流れている頃
ぼくは迷子になって
街から街
流れ
いまだに
見つかっていない
きのう歩いていた街では
ふたり
行き倒れになった女性を見た
立ち止まりもせず
通り過ぎた
すでに
数人集まっていたので
ぼくが立ち止まる必要はなかった
(念のため
言い添えておく)
理由は
アレかアレ
それしかないな
と思いつつ
ぼくは
通り過ぎた
これから
行き倒れはもっと増えるから
見慣れておかないとね
抵抗しない民草は
家のなかで
続々と
ひっそり息絶えていくから
臭いにも
慣れていかないとね
この街
あの街
そこの街
起こることは
ぼくには
どうでもいい
迷子になったぼくを
ぼくは探さないといけないから
時間がない
他人の夢や希望や
喜怒哀楽や
世界の未来や
世界の平和や
どうでも
いい
そんなことまとめて
みんな
みんな
ぼくでなくなったぼくを
ぼくに戻ったぼくにするために
迷子さがしに
忙しいから
♪今夜じゅうに行ってこれる
海はどこだろう
ひとの流れのなかで
そっと
時刻表を見上げる
もう
流行ってもおらず
あちこちで
流れてもいないこの歌を
ぼくだけが
思い出す
ひとの流れのなかで
時刻表をスマホで開いたりしながら
もっとも
いまは
知っている
今夜じゅうに行ってこれる
海は
ぼく自身のこと
迷子のぼくは
いまも
見つからないけれど
迷子をさがしているぼくは
いま
ぼくの海
*中島みゆき『時刻表』
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