2024年6月9日日曜日

いたしかたなくぼくの目を


 

その街角にはすてきな煙草屋があるので

煙草を吸わないぼくでさえ足が向き

少なめながら花も売っている店だから

ときどき数本を花束にしてもらって買ってくる

だれにあげるわけでもないが

家のじぶんの部屋に飾るための小さな花束

 

ぼくの家は5階建ての古いビルで

ぼくは2階に住んでいるのだが

5階の空田さんがよくお茶に呼んでくれるので

まるでぼくの居間のように空田さんの居間の

ソファにずいぶん馴れ馴れしくふんぞり返って

ステレオでモーツアルトの軽めの曲など

何曲も何曲もかけてみたりする

 

空田さんの家のなかよりも

ほんとうはぼくの家のなかのほうは広くて

大きな居間は12畳ぐらいあるし

他に部屋がふたつとキッチンがあって

けっこうお得な間取りを我がものとしている

そんなに物を持っているわけではないので

ひろびろと感じられるのがいいところ

来るように空田さんに言うのだけど

空田さんはじぶんの家にいるのが好きなので

ぼくの家にはいちども来たことがない

 

なので買ってくる小さな花束は

いつもぼくの目を楽しませるだけのもの

ちょっともったいないような気もするが

空田さん以外には親しい隣人もいないので

いつまでもぼくの目を楽しませるだけのもの

空田さんとぼく以外にはじつはだれも

この古いビルには住んでいないので

どうしてもぼくの目を楽しませるだけのもの

以前はどの階にもひとが住んでいたのだが

空田さんとぼくとでみんな殺してしまったので

いたしかたなくぼくの目を楽しませるだけのもの






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