その街角にはすてきな煙草屋があるので
煙草を吸わないぼくでさえ足が向き
少なめながら花も売っている店だから
ときどき数本を花束にしてもらって買ってくる
だれにあげるわけでもないが
家のじぶんの部屋に飾るための小さな花束
ぼくの家は5階建ての古いビルで
ぼくは2階に住んでいるのだが
5階の空田さんがよくお茶に呼んでくれるので
まるでぼくの居間のように空田さんの居間の
ソファにずいぶん馴れ馴れしくふんぞり返って
ステレオでモーツアルトの軽めの曲など
何曲も何曲もかけてみたりする
空田さんの家のなかよりも
ほんとうはぼくの家のなかのほうは広くて
大きな居間は12畳ぐらいあるし
他に部屋がふたつとキッチンがあって
けっこうお得な間取りを我がものとしている
そんなに物を持っているわけではないので
ひろびろと感じられるのがいいところ
来るように空田さんに言うのだけど
空田さんはじぶんの家にいるのが好きなので
ぼくの家にはいちども来たことがない
なので買ってくる小さな花束は
いつもぼくの目を楽しませるだけのもの
ちょっともったいないような気もするが
空田さん以外には親しい隣人もいないので
いつまでもぼくの目を楽しませるだけのもの
空田さんとぼく以外にはじつはだれも
この古いビルには住んでいないので
どうしてもぼくの目を楽しませるだけのもの
以前はどの階にもひとが住んでいたのだが
空田さんとぼくとでみんな殺してしまったので
いたしかたなくぼくの目を楽しませるだけのもの
0 件のコメント:
コメントを投稿