2024年6月9日日曜日

しあわせいっぱいにじゅうぶん


 

 

季節によって

稲であったり

麦であったり

 

住み出したころは

秋もさかりで

稲穂がいっぱい風にゆれ

夜中に風が吹いたりすると

稲穂のぶつかりあう音がし続けて

なんだか特別な

ぼくだけのための催し物のまんなかに

横たわっているようだった

 

田んぼのどまんなかに

小さな掘っ立て小屋がぽつんとあって

それがぼくの家で

ちょっと心細い感じもするが

無数の稲や麦に囲まれていると

ちょっとこころ強い感じもするのが

ふしぎなところだ

 

いろんな経験を

いっぱいしてきたので

ぼくにはもう

小さな掘っ立て小屋で

じゅうぶん

 

ながいこと書きためた

じぶんの文や詩歌などを

読み返すだけで

たいていの夜は更けていく

この世の本はぜんぶ読んでしまったので

それらからエキスを吸った

ぼく自身の書きとめだけで

もう

じゅうぶん

 

そうして

日中の黄金色の穂の揺れるのを

窓から眺め

ときどきは外に出て

たくさんの穂にからだをくすぐられ

夜には月あかりが

銀や金に穂先を光らせるのを

夢の実りのように見て

いつもいつも

思うのだ

 

もう

じゅうぶん

 

ほんとに

もう

しあわせいっぱいに

じゅうぶん

 

 




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