半年も続いた
ながい長い対局のあいだに衰弱していき
終わってから
ヒュウと
宿に居たまゝ逝ってしまう
川端康成は
そんな碁の老名人のことを
ずっと付きっきりで取材し続け
『名人』に書いている
終わりのところで
名人の遺骸が運び出される時
川端は妻に言う
「いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ。
そして
また
「花がない。おい、花屋はどこだった。花を買って来いよ、
「車が出るから、いそいで…
川端がいちばん信頼し
親しんだ作家は
横光と三島だったらしい
横光に逝かれた時には
「僕は日本の山河を魂として君の後を生きてゆく。
と弔辞して
その後の方向を決め
孤独な歩みを進める決意をして
耐えた
年少の三島に逝かれた時には
本当に参ったらしい
もっと差し迫った気持ちで
「いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ。
と心底思っただろうか
三島の死後
二年ほどで自殺することになったのも
人に死なれるのに
懲りたからかもしれない
耐えられなくなったからかもしれない
先に自分が死んでしまうほか
逃れようがなくなったか
そういえば
『雪国』では
火事で気を失った葉子のことを
「この子、気がちがうわ。気がちがうわ
と駒子が叫び
押されてよろめいた島村は
「踏みこたえて目を上げた途端、
「さあと音を立てて天の河が
「なかへ流れ落ちるようであった
と終わる
「いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ。
にしても
「この子、気がちがうわ。気がちがうわ
にしても
存外
素直すぎるほどの
川端の叫びであっただろうか
ぎりぎりのところで
かろうじて
努めて
この世のへりにひっかかってきた人の
叫びであっただろうか
「この子、気がちがうわ。気がちがうわ…
「いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ…
さらには
「花がない。おい、花屋はどこだった。花を買って来いよ…
「車が出るから、いそいで…
これら
とりいそぎの
言葉も…