2023年2月25日土曜日

「あれ?」

 

 

文学っていうのは

文化的な富の蓄積に対する批判でなければならない。

 絓 秀実

 

 

 

 

南北劇『霊験亀山鉾』を仁左衛門が演じるのが

今回で最後だというものだから

あれはたしか

あんまり良い出来の戯曲じゃないんだよなあ

とは思いながらも

いちおう見に行ってみたが

やっぱりガッカリした

 

鶴屋南北は大好きだが

『霊験亀山鉾』はやっぱり駄作と思う

主人公のワルぶりにだけ

劇の軸心が頼ってしまっていて

南北お得意の幽霊も出ないし

妖術もでない

主人公のまわりの女たちの振舞いのほうが

よっぽどおもしろいが

それだって描き切れていない

なにかの都合でよっぽど急いで書き上げたんじゃないかと

思えてならない

人物関係だけ適度に複雑に作って

こんな感じでまとめておけばいいっしョ?

という感じが透けて見えて

南北のいい加減さが悪く出てしまっている

 

それに加えて

仁左衛門がやっぱりつまらない

世評が高いベテラン美男役者なのはもちろん知っているが

若い頃から何度も見てきて

こう言っちゃ悪いが

この人の演技にこころを動かされたことはない

いい顔をしているし

写真なんかでも決まっていて格好いい

しかし見に行くと

いつも「あれ?」なのである

映画『わるいやつら』に片岡孝夫の名で出た時も

なんだかなあ、この人…

だったけれど

ひょっとしてあの映画での役柄

けっこう演技の本性を暴き出していたのかもしれない

 

そのたびに

おかしいなあ

今日は調子が悪いのかなあ

とかなんとか

こっちもせっかく高い金を出して行くのだし

演技はじつはよかったはずだと思い込んでいたいのだが

「あれ?」なのである

 

この人

世間で言われるほどよくはないんじゃないのか?

それほどうまくはないんじゃないのか?

だから生意気な今の團十郎なんかも

あんまり忠告を真面目には受けとめないんじゃないのか?

などと

今では思ってしまうようになった

 

2023年の今回の『霊験亀山鉾』では

年齢のせいもあるのかもしれないが

仁左衛門は声がよくなかった

藤田水右衛門を演じる時の声が

ほんのちょっとだが微妙に冴えていない

「あれ?」なのであった

隠亡の八郎兵衛の時のほうがちゃんと声が出ていた

藤田水右衛門の場合は

本心も実力も隠しながらの人まじらいをするので

声をわざと抑えがちにくぐもらせて演じたのだろうとは思うが

そうであるにしてももう少し艶のある声を出してくれないと

大悪人の主人公なのだからガッカリである

鶴屋南北は悪人にこそ人間の魅力を見ているのだから

そういう悪人の発する声は魅力的でなければならないのだ

声が弱いと言われている今の團十郎が聞いたら

「なぁんだ、人のことは言えないだろうが…」と思っただろう

 

それにしても南北が手を抜いた駄作で

演じる役者たちも必死に湿った花火に火を付けようと苦労したのだろう

いくら大南北の作だといってもダメなものはダメなので

ナウシカだのなんだのかんだのとヘンなのをやらずに

大南北のこんな駄作をこそ作り直しておもしろくしたらいいのにと思う

 

前列の人の頭に邪魔されることの多い「とちり席」ではなく

いつもはぜったいに13列や4列までの席で食い入るように見るのだが

今回ははじめて2階席の最前列のいわゆる天覧席で見た

舞台全面がみごとに視野に入ってしかも意想外に近く

オペラグラスで見ると大きすぎる時さえあって

なるほど天皇が座る席だけあってこれはすばらしい席だと思った

 

とはいえ『霊験亀山鉾』は駄作で

ほんとのことを言えばもう歌舞伎を見に来るのはやめようとさえ

ちょっと思ってしまったほどで

なるほど夏目漱石が歌舞伎はくだらないと言ったのがよくわかった

話も趣向もくだらなくてとても「文化」などとは言えたものではないが

それでもふつうの演劇にはない夢幻祝祭空間を創出するところが

歌舞伎なるものの特殊な歪んだ退嬰的な魅力なので

退嬰したい時にはやっぱりまた来てみるかもしらんなあと思ったが

ニッポン全体がまるごとどんどん退嬰して行ってくれているのだか

わざわざ歌舞伎を見に来るまでもなく

巷のそこかしこに藤田水右衛門だの弁天小僧だのがふらついているのを

それなり楽しんでみておけば済むかもなあと

思ってしまったりもする

 




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