雨になりそうです
と
天気予報士が言っているのを
チラッとでも
聞いたりすると
八神純子の
「みずいろの雨」*が流れたり
前川清の
「長崎は今日も雨だった」が流れたり
西田佐知子の
「アカシアの雨がやむとき」が流れたり
ザ・ビートルズの
「レイン」が流れたり
ザ・タイガースの
「モナリザの微笑」が流れたり
する
ぼくのあたまの
レトロな
あきれんばかりの
通俗さよ！
それにしても
「ああ みずいろの雨……」
という歌詞には
迷わされてしまった
みずいろでない
雨など
あるだろうか？
雨の
みずいろ
って
ほんとはどんな色？
八神純子の
「みずいろの雨」が流行りに流行っているとき
夏
蓼科高原のペンションに
アルバイトに行った
「まー君」とか
勝手に名付けられて
調理場から
客への応対から
ホール係から
あらゆることを
させられた
それはいいのだが
朝に大量に煮出したコーヒーを
大釜に入れて
キッチンの流しの下に
蓋もしないで置いておいて
客から注文が入るたびに
1ポットずつ掬って
温め直して出すように指示されていて
その不衛生さが
ぼくにはひどく気にくわなかった
洋食を食べた後の客の皿に残されたパセリを捨てると
オーナーに怒られてしまう
客の残したパセリは
洗えば何度でも使える
どうして捨てるんだ？
と言われた
これは
ぼくには
もっと気にくわなかった
しかも
就寝用にぼくにあてがわれた部屋は
廊下の途中の物置の奥から
小さな非常用階段を上がっていく屋根裏部屋で
敷きっぱなしの布団のまわりには
羽アリや小さな蠅などがいっぱい死んでいて
確実に
労働法のどれかに
ひっかかるはずの劣悪条件だった
仕事はなんでもちゃんとやったが
こんな不愉快なことが重なって
おのずと
反抗的な態度が出たのだろう
ひと月働くはずだったが
十日ほどで
「まー君はここに合わないと思うから…」
と
オーナーはぼくを追い出した
人生で
初の
解雇経験と
なった
そのペンションから
歩きに歩いて
途中で道をそれて
滝で涼んだり
湖に出て
しばらくぼんやりしたりして
そこから
バスに乗って
茅野駅まで出て
新宿へ帰った
オーナーの奥さんが
叔母の友だちだったことからの紹介で行ったので
ひと月勤め上げないで
帰らされたことは
親からはひどく悪く受けとめられた
不衛生なコーヒーの溜め置きや
残ったパセリの流用や
虫の死骸だらけの寝床のことなど
いくら話しても
おまえが悪い
おまえが怠け者だ
おまえの態度が悪い
と決めつけられるばかりで
やっぱりダメなやつだ
と結論された
八神純子の
「みずいろの雨」が流行りに流行っているときで
ああ みずいろの雨
わたしの肩を抱いてつつんで降りていくの
ああ くずれてしまえ
あとかたもなく流されていく愛のかたち
と街じゅうで
ラジオで
テレビで
たびたび流れていた
おまえが悪い
おまえが怠け者だ
おまえの態度が悪い
と決めつけられるばかりで
やっぱりダメなやつだ
と
いつもいつも
結論される
だけの
家族のもとに
いた
頃のことだった
その四年後
決定的な衝突から出奔して
二度と
戻ることのなかった
家族
何十回目だったか
また
おまえが悪い
おまえが怠け者だ
おまえの態度が悪い
と決めつけられるばかりで
やっぱりダメなやつだ
とくり返してきたときに
「あのペンションのオーナー、在日朝鮮人だったんだよ」
と言ったら
ピタリと黙ってしまった
あの
「家族」
八神純子の
「みずいろの雨」が流行りに流行っているときで
ぼくはその頃
ふだんの日曜日には
神楽坂の文悠書店でバイトをしていた
そこで知りあった
在日韓国人の李英愛と親しくしていて
いつも不機嫌そうな李英愛に
どうしてそんなに不機嫌なの？
と聞くと
「あなたに言ったってわからないわ」
と答えるばかり
いっしょに
池袋あたりの盛り場をうろついたりすると
李英愛は
ぼくの手をつよく引いて
パチンコ屋の前を歩くのを避けた
「だって
どこのパチンコ屋も
知りあいばっかりだから
こんなときに
見つかると困っちゃうもの…」
夜になると
なんとなくアリランが聞きたくなって
カセットで聞いたりすると
なんか
泣けてきちゃうのね
あなたなんかには
わからないだろうけれど
あなたになんか
ぜんぜん
なぁんにも
わからないだろうけれど……
*「みずいろの雨」
https://www.youtube.com/watch?v=M3-K4knCeLE
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