どこにいても
なにを目の前にしていても
見えたり
触れたり
聞こえたりする現実は楽しくて
飽きることがない
外に出る
道でも
駅の階段でも
ホームでも
改札口近くで
ひとが混み合っている時でも
電車のなかでも
ひとびとが
そのひとそのひととして
しっかり在るのが
見ていて
飽きることがない
昨今は
ひとびとが
スマホばかり見ているといわれるけれど
スマホに見入っている様子を見ると
小さなおもちゃや
昆虫や
わくわくするような玩具を
思わず見つめている子どものように見えて
やはり見飽きない
毎日のように
起こり続ける出来事を聞けば
ひとびとの思いや心のなかには
他人に害を為すものもいっぱいあり
無関心や無視もいっぱいあり
悪と言っていいものもいっぱいあるはずだけど
外から見られる顔にもからだにも
不思議と悪は見えない
犯罪者や事件を起こしたひとを見ても
実際にはそれほど
悪人らしくは見えない
人間の顔やからだは
そう簡単には悪に染まれないものではないか
と思う
というより
顔やからだの層には
たぶん
悪はない
ただ見れば
そこにありありと見える
ひとびとの顔やからだというもの
それらをこそ
見続けて
この世とつき合っていく細道も
ある
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