2023年3月8日水曜日

帽子屋のように発狂する


 

偽装パンデミック攻撃の

コヴィッド19作戦を仕掛けられた時点で

こりゃあ

フィリップ・K・ディックをちゃんと読み直して

復習しておかなきゃ!

と思い

今は『ヴァリス』三部作の『聖なる侵入』*

少しずつ読んでいるところ

 

ディックの後期SF小説は読みやすいとは言えず

しかも物語展開のしかたはそう巧みでもないので

もうちょっと小説作法を勉強してもらいたかったと感じるが

盛り込まれている予言的なイメージや内容は

他の文芸作品の追従を許さないもので

HP・ラブクラフトとともに

これからのディストピアの近未来を生きのびようとする上では

想像力を鍛えるのに必須の読書ということになる

あちこち引っかかりながら読んでいくうち

いつのまにか

世界や人界の見えかたも

未来への見通しも

完全に変わっていってしまうというのは

ディックならではの読書体験といえる

 

作中でリンダ・フォックスを毒殺するのに

水銀を少しずつ与えるかどうかという話になったところで

水銀を与えれば

「彼女は帽子屋のように発狂する――文字通り帽子屋のように」

という記述があり

「というのも十九世紀のイギリスの帽子屋を、有名な心身異常状態にしたのは、フェルトの加工に使われた水銀による中毒だったのだ」**

と説明されていた

 

すぐに『不思議の国のアリス』が思い出され

あそこに出てくる気狂い帽子屋が脳裏に蘇ってくるが

たしかに

十九世紀までのイギリスでは

貿易上の秘密だった水銀によるフェルト製法によって

多くの帽子職人が

記憶力の低下

素行の不備

体の震え

などに悩まされていた

Mad hatter(きちがい帽子屋)や

hatter’s shake(帽子屋の震え)という表現が

そこからは出てくることになる

ルイス・キャロルの発想は

この産業的現実を踏まえてのものであり

あの時代ならではの社会のイメージの一端を担う者たちが犠牲者となる

現実を

お笑いめかしつつ告発してもいる

と言える

 

水銀が

どのように体調悪化をもたらすのか?

そして

使われるのが

どうして水銀だったのか?

 

帽子の素材である羊毛は

表面がうろこ状のキューティクルに覆われている

フェルトは

このキューティクル同士を絡み合わせ

固くして作るが

物理化学的な処理をキューティクルに施すために

硝酸第二水銀が使われた

 

用いられた水銀は

蒸気(気体としての元素状水銀)となって

作業場内に排出される

作業する者は

高濃度の水銀に曝露されるが

中枢神経系が影響を受けるため

振戦(手足の震え)や

水銀エレチスムと呼ばれる行動・性格の変化

(癇癪、いらいら、 過度の人見知り、不眠等)が症状として現れ

「帽子屋のように気が狂っている(mad as a hatter)」

と言われるような状態になっていく

 

金銀を溶かす性質を持つので

水銀といえば

古来

錬金術では重要な触媒だったから

産業革命後の

金融革命期の中心イギリスで

帽子素材のフェルト製造にそれが使われたのも

ある種の社会的錬金術のようなものだったかもしれない

 

水銀が含まれる代表的な鉱石は辰砂(硫化第二水銀)だが

これは赤褐色の塊状か

深紅色の結晶の形で産出される

錬金術で卑金属を金に変える触媒となる石が

古来

賢者の石と呼ばれてきたが

これが辰砂だった可能性が高い

 

J.K.ローリングの『ハリーポッターと賢者の石』では

賢者の石は

「血のように赤い石」とされているが

これは

辰砂を指しているのだろう

 

小規模な金採掘では

金鉱石を砕いた砂と水銀を混ぜ

金を水銀の中に溶け出させてアマルガムにする

バーナーでそれを炙ると

水銀の沸点が357℃と低いため

水銀は蒸発し金だけが残る

この工程は

あたかも卑金属が金に変わったようにも見えるので

錬金術で金ができたかのように演出できる

 

もちろん

作業をする者は

高濃度の水銀蒸気に

くりかえし

くりかえし

暴露され続けるので

「帽子屋のように発狂」していってしまうことになる

 

社会と時代の芯を作ったり

時代のイメージを成すものを作る現場では

みな

つねに

「帽子屋のように発狂する」ことになる

 

 


 

 

*Philip K.Dick The Divine Invasion》 (1981

**山形浩生訳。ハヤカワ文庫(2015)版。






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