「シモン、シモン」と彼の名を叫び、
なぜかわからないながら、彼女はつけ加えた。
「シモン、もう、わたし歳なのよ、もう、歳なのよ」
フランソワーズ・サガン『ブラームスはお好き?…』
« Simon, Simon, et elle ajouta sans savoir pourquoi :
Simon, maintenant je suis vieille, vieille... »
Françoise Sagan « Aimez-vous Brahms... »
めずらしく
休みのとれた金曜日
午後おそくから
山の地方の別荘に入り
道みち
いいかげんに買い集めてきた
夕食がわりの
総菜や
おにぎりや
ちょっと甘い菓子パンやと
テーブルにひろげて
つまんでいる
居間の大きな長方形の窓は
西にむいているので
沈んでいく夕暮れの陽と
そのまわりの空や
雲の色の
とりどりの彩が
しばらくは見ていられる
陽は居間のなかへも射してきて
テーブルの上の
いろいろなものの翳を
ふかく
ながく
伸ばしている
うしろをふり返ると
わたし自身のからだの翳も
壁にくっきりと投影されていて
まるで
翳のほうこそが
わたしをあやつってでもいるよう
こんなところへも
電波は届き
今しがた
歳わかいいたずら者から
Lineが一通届いた
開けてみると
このところ古いアニメを見直すのが
マイブームで…
と短く書いてあり
Youtubeへのリンクが載せられていたので
親指の腹で触れてみる
すこし気持ちをさざなみ立てるような歌がはじまり
しばらく聴いてみているうちに
地球はまわる きみをかくして
かがやくひとみ
きらめくともしび
地球はまわる きみをのせて
いつかきっと出会う ぼくらをのせて*
という詞の流れが
わたしひとりだけの夕暮れに滲み込み
オレンジに染まる
遠い山
近い山
窓からひろがってみえる
すっかり枯れ色になった田園に
まるで
静寂というものが
ひととき
ことばと化したかのように
滲みひろがっていった
出会うべきものには
わたしは
もう
すべて出会ってしまって
なおも
地球がかくしているような
だれかは
たったのひとりも
もう
地球にはいない……
そう
思いながら
それでも
あれら
かがやくひとみや
あれら
きらめくともしびの
なんとたくさんだったことか!
と
たったひとり
無限の幸福のなかに
浸り直す
こんな歌だったか
と
もう一度
くりかえし聴きはじめながら
ちょうど
そうわるくない軽い甘さの
菓子パンを
すこしちぎって
口に運んだところで
さあ でかけよう ひときれのパン
というところに
もう一度
出会い直す
うまく
言ったものじゃないか
と
しみじみ思わされながら
わたしとともに
わたしの前で
かつて
ひときれのパンに手をのばしたり
口に運んだり
バッグに入れたりした
あゝ、
たくさんの
なんとたくさんの
あれら
わたしを
ひととき受け入れ
わたしに親しんでくれた
得がたいひとたちの至上の光景だったことか
と
きょう
わたしひとり
燃え上がるオレンジの夕陽のなか
感傷
していく
重くもなく
さびしくもなく
わびしくもなく
むしろ
あたうかぎり
豊饒に
これからは
感傷
していこうか
と思う
しかり!
わたしは
感傷
していく
さかいに
ひたすらに
感傷
していく!
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